【歴史的事実:売上税から消費税への「看板のすり替え」】
現在、私たちが「消費税」と呼んでいる税制は、もともと別の名前で、別の理屈で導入されようとしていました。その変遷には、当時の反対勢力を沈静化させるための高度な政治的テクニックが隠されています。
1. 「売上税」の挫折(1987年)
中曽根内閣が提出した「売上税」案は、その名の通り**「事業者の売上高に対して課税する」**という正体を隠さないものでした。
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当時の反応: 小売業界や商工団体は「自分たちの稼ぎ(粗利)が直接減る」と直感的に理解しました。また、選挙での「大型間接税は導入しない」という公約違反も重なり、自民党内からも造反が出るほどの猛烈な反対運動が起きました。
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結果: 国民や代議士を納得させられず、廃案に追い込まれました。
2. 理論の転換:「消費税」への名称変更(1989年)
続く竹下内閣は、「売上税」の仕組みをほぼそのまま維持しながら、名称を**「消費税」**へと変更し、理論のすり替えを行いました。
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「直接税」的イメージの払拭: 「売上税」という言葉が持つ「商売人への課税」という印象を消し去るために、**「消費という行為に対してかかる税金である」**という新しい物語を提示しました。
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「預かり金」という免罪符: このとき初めて、事業者は「税金を負担する主体」ではなく、単なる「集金代行(預かり役)」であるという法的構成を強調し始めました。これにより、「事業者の腹は痛まないはずだ」という理屈で、商売人たちの抵抗感を削いでいったのです。
3. 反対勢力を沈静化させた「経過措置」
それでも反対する当時の商売人や代議士たちを黙らせるために、導入当初は極めて「甘い」条件が提示されました。
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税率の引き下げ: 売上税案の「5%」から「3%」へ。
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免税点の引き上げ: 年商3,000万円以下の事業者を免税とする(当時の小規模店の多くが対象外に)。
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簡易課税制度: 複雑な計算をせずとも、売上の一定割合を納めればよいという、事務負担を大幅に軽減する特例。
これらの措置により、「これなら何とかやっていけるだろう」という妥協を誘い、代議士たちの反対票を切り崩したのが歴史の真実です。