気が付くと、私の周りを大勢が取り囲んでいた。
かすむ目に映るのは、一様に皆の顔に浮かぶ恐怖の表情。
小さな子供達は、青ざめた顔で震え、親の背にしがみついている。
「・・・・・様・・・・・エッダ様・・・・・」
バクタ爺のしゃがれ声だ。
「様」はやめてくれ、と、何度言ったらわかってくれるのだろう。
「・・・・・バクタ爺、どうした・・・・・何があった・・・・・?」
起き上がろうとするが、全身がしびれて力が入らない。
震える手で額をぬぐうと、まるで水浴びをしたかのように
汗で濡れていた。
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記憶は、そこで途絶えている。
聞いた話では、私はその後すぐに気を失い、一週間ものあいだ
眠り続けていたそうだ。
「具合は、いかがでございますかな」
バクタ爺だ。
焼きたてのベルーの香りがする。爺の焼くベルーは、最高に美味い。
「ああ。・・・食欲は、あるよ」
「それは、なにより」
ベルーを薄くスライスし、乾燥させた果物のチップと、
スモークしたハムをはさむ・・・通称、『バクタ・サンド』だ。
バクタ爺がこれを振舞うという事は、私の体は全快したという事だ。
なにしろ、全快祝いにしか『バクタ・サンド』は食べられないのだから。
子供のころ、どうしても『バクタ・サンド』が食べたくて、わざと風邪を
ひこうと、冬の泉に飛び込んだ事を思い出す。
もくろみは成功したが、その代償は大きかった。
三日間、高熱に浮かされて苦しんだ・・・今ではとんだ笑い話だ。
「エッダ様」
「何だい?」
「本当に、何も覚えておられないのですか」
五年ぶりの『バクタ・サンド』をほおばりながら、私は爺に問い返した。
「聞きたいのは、私の方だ・・・。あの夜、何が?」
もう一枚ベルーを切りながら、バクタ爺は言った。
「真夜中に突然、恐ろしい叫び声が響き渡ったのです・・・エッダ様の」
「叫んだ・・・私が・・・・・?」
「叫んだのがエッダ様だったという事は、後に分かったのです」
「どういうことだ?」
爺は手を止め、私の目を見つめた。
齢八十を超えるとは思えない、鋭い眼光。力強さと、深い優しさを
湛えている。
「獣のそれではないのは、明らかでしたが・・・なんと申せばよいのか。
雷鳴の轟き、火山の咆哮とも通ずる、真からの恐怖をもたらす『叫び』」
あの時の、私を見つめる皆の顔を思い出した。
確かに、そこにいる全員の感情を『恐怖』が支配していた。
・・・私に、何があった・・・?
言葉を失う私の両肩に、バクタ爺はそっと手をのせた。
分厚い甲、太い指。その重みが、私の心を落ち着かせた。
ゆっくりとした口調で、爺は言った。
「長が、エッダ様にお話があると申しておりました。
・・・いま少しお待ちいただけるように、お願いしてまいりましょうか?」
「ああ。サンドを食べ終わるまで、と・・・」
それが、精一杯の返事だった。
というのも、頭を一瞬、何かがよぎったからだ。
何かを、思い出しかけている・・・・・。
不安と戸惑いを、『バクタ・サンド』と一緒に飲み下した。
<了>