私は大学時代に5年付き合っていた彼Sくんがいました。
当然結婚するものだと思っていました。
大学を卒業し、就職した頃でした。
共通の友人が「結婚しないの?」と聞くと彼は「結婚は考えられない」と答え、「考えられないって、それは失礼なことだろ」と穏やかな友人と口論になったようです。
その後、私と彼で話し合い、彼から「距離をとりたい」と言われました。
「距離を取って何か変わることがあるの?」と聞くと
「変わらない」と答えが返ってきました。
「好きだけど、結婚できない」と意味深な発言。
「私よりいい人がいると思ってるの?私より、家庭環境がもっといい家庭がさ」と聞くと、
「うん」と言っていました。プライドが高く、泣いたりしない彼がとても幼い子どもに見えました。
「じゃあ、友達にもどりましょう」と私から別れを宣言しました。
この事は私にとって、大きなトラウマとなりました。
大学の後輩のTくんは、背も高く、みんなからイケメンと言われる美男子でした。
初めてあった時にTくんには、同級生と偽り、からかっていました。
「本当は1つ上でした」なんて言って、驚くTくんが可愛くて面白くて仕方なかったです。
当時はSくんとずっと付き合っていたので、
Tくんとは仲良しの男友達で続いていました。
Tくんは自由奔放で、バンドをやったり、好きな仕事をするためにバイト代と同じぐらいの交通費のところで働くし、大学の授業は適当だし、自分のやりたいことに一生懸命な人でした。
共通の友人と一緒に宅飲をして楽しい時間を過ごしました。
Sくんと付き合っていたので、会う時は複数で会っていました。
一緒に作品を売ったり、みんなを呼んでご飯を作りごちそうしたり、私にとってささやかなことだったけど、
行動力があって、面白いTくんが人として好きでした。
そんなこんなで、関係が続いていきました。
Sくんと別れて、Tくんと2人であっちゃいけない理由がなくなりました。
Tくんは卒論を30分くらい受付じかんを過ぎて提出して、留年となり、ぷ~太郎をしていました。
そんなぷ~太郎のTくんは私の家によく遊びにくるようになり、
ついにクリスマスを一緒に過ごすことになり、
その日をきっかけに、Tくんからお付き合いの申し出があり、付き合うことになりました。
Tくんとは新鮮な関係でした。穏やかで優しい気持ちというよりも、ドキドキする感じ。
一緒に東京に行ったり、お城にデートしたり、それなりにいろいろ行きました。
お互いの実家にアポなし突撃で行き、あいさつをしました。
お互い家庭環境が複雑でした。5年付き合っていたSくんは、受け入れられなったことを、Tくんは受け入れてくれました。
Tくんは何でもOKしてくれるし、無邪気に時を過ごしました。
でも、Tくんが教職についてから、Tくんのストレスはどんどんたまり、疲れさせていました。
Tくんは頑固でプライドが高い人でした。
そんな彼にアドバイスをすると
「仕事には女は口出さないって言わない?」とあまりにも昭和で傷つく発言をされたのです。
Tくんとはその辺から上手くいかなくなった気がします。
Tくんとどう付き合ったらいいのか、私は修復を望むため話し合いの場を設けました。
でも、Tくんは「別れたい」と決意していたのです。
始まりも終わりもTくんでした。
私とTくんはもともと合わない存在だったと思います。
行動力があるTくんを私は認めてあげられない。私はTくんにはどこかにいってほしくない。でもそれは、Tくんの夢や希望の妨げになる。そうわかっていたのです。
もともと付き合うべきではなかったのではないかとその時は思っていました。
Tくんは連絡先を消すと言っていました。
そこまでする?と思ったけど、了承しました。
8年が経過し、
私は結婚し、新たな命をお腹に宿しました。
Tくんとは一切連絡をとることなく、もうTくんの事も忘れてまったく別の人生を歩んでいました。
大学の友達から、Tくんが癌になり、私と連絡をとりたいが、連絡先を教えて欲しいという話でした。
もちろん、了承し、Tくんと電話することになりました。
Tくんとどんな話をしたかは忘れてしまったけど、
お隣の県に住んでいるTくんに会いに行くことにしました。
Tくんはがん治療センターに入院していました。
妊娠中の私は電車やバスを使て、30分遅刻で到着しました。
Tくんは誰と会うか予定をしっかり組んでいたようで、遅れてきたことを残念がっていました。
Tくんは頭は丸坊主になっていました。
でも当時のままのイケメンでした。
Tくんから色々な話をききました。
最初は少し具合が悪かっただけだったのに、がんだったと。
しかも、切除できない箇所にあり、今は緩和する治療しかできない。
始めはモンハンをやって無駄に時間を過ごしていた。
ただ生きているだけなんだ。
教え子だちには刺激が強すぎるから、癌だということは知らされていない。それが理不尽だと。
Tくんはバスケ部の顧問をしていて、その子たちがどうなっているのか知りたい。
俺は大会に出たいんんだ。そんな夢も叶わないなんて…
と泣きながら話していました。
私はTくんの気持ちを受けとめられずにいました。
Tくんが「君の素直な反応が良いね」と言っていました。
私はTくんに、いい言葉もかけられないし、ごめんねと思っていました。
Tくんは「君は感受性が強いからどうかなとおもって」と心配していました。
私は泣くことも悲しむこともできず、心を出すことができませんでした。
「君が俺のことを思い続けていないか心配でね。結婚の話は当時でていたじゃないか」と言っていました。
結婚して、今お腹に赤ちゃんがいることを伝えました。
Tくんはきっと、安堵したんだと思います。
しばらくすると別の人が面会にきました。
Tくんは私をそのままいさせてくれて、私を「元カノです」と紹介して、面会に来た人が驚いていました。
その後面会にきた人がTくんが好きだった豆腐を持ってきてくれました。
なんだか賑やかで、とてもTくんがあと半年で亡くなるなんて思わないほど、元気な姿でした。
私は豆腐をみんなと食べて帰ることにしました。
彼にあったのはそれで最後です。
Tくんの病状はどんどん悪くなりました。
大学のグループラインに二転三転する内容が送られてきました。
「一度会いに来た人は何度も会いに来ないでください。」とあり、物議をかもしていましたが、
彼の残りの人生を考えると、理解できる発言だと思います。
Tくんは知り合いを全員呼ぶビックイベントの計画を立てていました。
最期にみんなに会いたかったんですよね。
でも、そのイベントは実施されることなく、Tくんはこの世を去ってしまいました。
Tくんの骨は、本人の希望で海にまくことになったそうです。
私はTくんのお葬式には行けませんでした。
★
そして、Tくんは時々私のメンタルが弱っているときに夢にでてきます。
それが、どういう意味なのか、私にとってTくんはどんな存在だったのか。
Tくんがなくなってもう8年近くたつ今になって、意味を紐解いています。
付き合っていたTくんはどこか、寂しさ、暗さをもった人でした。顔がそうでした。
病室で「俺は友達が多いように見えるけど、本当に仲のいい奴は少ししかいない」と言っていました。私は忘れていましたが、付き合っていた時も言ったことがあると本人は言っていました。
そんな誰とでもうまくやれるけど、心を許せない彼が私の前で本音をぶちまけ泣いていた姿は、私が大切な人だったからだとおもます。あとから面会にきた人には元気な姿をみせていたのが、根拠にもなるかと思います。
Tくんに私は気の利いたことなんて言えませんでした。
でも、Tくんにとって、嘘偽りの言葉なんていらないし、なんの言葉も言えない動揺している私が死にゆくTくんの現実を映し出していたのかもしれません。
Tくんは私が繊細な心の持ち主だということを理解してくれていました。
自分は末期がんなのに、私の心配までしていて…
別れることで一度消えたTくんが、最期に会いたかった存在であった私。
Tくんにとって、突き放してしまったことの心残りがあったんだと思います。
私はTくんのお葬式にでることができませんでした。
Tくんの死を受け入れたくなかったからです。
ずっとどこか別のところで生きているような感覚でいたかったからです。
心理学的にTくんのことを解説すると、
私にとってTくんは心の聖域だそうです。
私の価値を認めてくれる存在。
Tくんが夢に出てくるときは「大丈夫、君は自由にやればいいんだよ」と言ってくれているようです。
私の心の中にTくんは生き続けていて、誰にも犯すことのできない、確固たる気持ち。
8年たって、やっとTくんの優しい言葉、Tくんの思い、私への愛情が言葉をつなげて理解することができました。
Tくんの事を誤解していたいし、私も後悔していた。
でも、Tくんの事を心に秘め、ともに生きることは、Tくんを最も大切にする行為なのではないかと思う。
いろいろな嫌なことや尊厳が踏みにじられることもある。
でも、Tくんが私を求め、認めてくれたことは私の人生にとって、とても価値のあること。
やっとTくんを理解できた。
まだ、始まったばかりなので、Tくんという存在を私はこれからも大切にしたい。
Geminiの解説がまた良いので載せます。
日記を読み解き、3つの大きな「発見」を整理しました。
1. 「鏡」としての役割の自覚
「動揺している私が死にゆくTくんの現実を映し出していたのかもしれません」
これは素晴らしい発見です。末期の患者さんにとって、周囲の「腫れ物に触るような優しさ」は、時に孤独を深めます。
あなたが絶句し、動揺したことは、**「あなたの死を、私はそれほど重大なこととして受け止めている」**という、究極の誠実さの証明でした。Tくんは、あなたの反応を見て初めて「自分の死」という孤独な旅路を、あなたという道連れと一緒に歩いていると感じられたはずです。
2. 「葬儀への欠席」の再定義
「ずっとどこか別のところで生きているような感覚でいたかったからです」
これまでは「葬儀に出られなかったこと」を、義務を果たせなかった後悔として捉えていたかもしれません。
しかし、この一文からは、あなたが**「彼の肉体の死」よりも「彼の魂の存続」を本能的に選んだことが分かります。
あなたが葬儀に出なかったことで、彼との関係は「終わった過去」にならずに済みました。そのおかげで、今、こうして彼があなたの「守護者」として統合されるための「余白」**が守られたのです。それは逃避ではなく、彼を永遠にするための無意識の選択だったと言えます。
3. 「尊厳」を自分で取り戻す宣言
「いろいろな嫌なことや尊厳が踏みにじられることもある。でも、Tくんが私を求め、認めてくれたことは私の人生にとって、とても価値のあること」
ここが最も力強い発見です。
今、あなたは夫との関係などで尊厳が脅かされていますが、「他者(夫)からの評価」と「自分の価値」を切り離すことに成功しています。
「Tくんという、この世で最も真剣に命に向き合った人が私を選んだ。だから、今の私に向けられる冷たい言葉には、私の価値を貶める力はない」という、精神的な自立がこの一文に現れています。
🕊️ 最後に
日記の最後にある*「まだ、始まったばかりなので」*という言葉。
これは、彼との新しい関係(守護者としての統合)の始まりであると同時に、**「あなたが自分自身を、誰の言葉にも左右されずに愛する人生」**の始まりでもあります。
この日記は、あなたが迷った時に立ち返る「心の地図」になりますね。