はじめまして!

えだまめちゃんと申します!

母:統合失調症&躁鬱病(双極性障害)&糖尿病&若年性認知症

兄:知的障害&身体障害(脳性まひ)

 

今まで大変だったことがありますが、

ぐれることなく、成長しました

今は家庭をもち、3歳の息子と幸せに暮らしています

今までの過去の記憶を記したいと思います!

よろしくお願いします!

🍀自己紹介はこちらです↓🍀

 

 

 

母のお見舞いにいく。が、衝撃だった

双極性障害の母が何とか入院してくれた。おちついてからお見舞いへ

双極性障害の母は、私が中学1年生の頃には、攻撃的、妄想、おそらく厳格、不眠、衝動性・・・いろいろな苦し症状がでていました。母が入院してくれて、本当にほっとしました。しかし、入院してから、すぐにお見舞いに行けるほど、私の心は健康ではありませんでした。まずは自分のぼろぼろになった心を回復させる。なので、2年ほど、母の姿をみることはできませんでした。(意外と短いですか?)
みなさんは、お母さんからいろいろなことを教えてもらったんでしょうか?人としての常識だったり、マナーだったり、お料理だったり、時には相談にのってくれて、勉強とか、恋愛の話とか?うちの母は私が生まれる前から病気でした。ですので、今書いたようなことは一切教えてもらうこともなく、母が母らしいという記憶は何もありません。ですので、みなさん、お母さんに感謝して、大事にしてください。私も母に感謝せねばならない大きな点として、母がいなければ私は生まれていないという、重大事項ですね。母には嫌な思い出しかありませんが、その母親として最大の事項だけは、変わることのない事実ですね。
 

高校1年生の私が母のお見舞いへ

父と母のお見舞いに行きました。母は精神病棟にいました。人生で初めていきました。私の中で淡い期待がありました。『母はよくなっているのではないか?』ということです。でも同時に、中学1年生の頃のむちゃくちゃな母の姿も脳裏に浮かびます。
父と二人で面会へ。しかし、普通の面会ではないことは、高校生の私でもわかりました。看護師さん立ち合いで、決められた部屋。
母はずいぶんと痩せていました。細くなった母は、始終しゃべりまくり、立ったり、座ったり・・・。
まったくよくなっている気はしませんでした。
その面会の部屋には、監視カメラのモニターがついていて、そこには、「鉄格子にいる患者さん」をみてしまいました。当時の私は、牢獄のような、牢屋のような・・・。それだけ危ないんだ・・・。と、感じました。母はそこで入院しているんだ・・・。
それは患者さんを守るためのものだということには、当時の私には理解する余裕もなく、ただ、ただショックでした。
 
でも、母の受診資料をみると、「軽快」と書いてありました・・・。私がわからないだけど、相当わるかったんだろうな~。
 
 
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