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ウタタネ

あれも これも ぜんぶ ねごと
ゆるく まじめに つらつらと 。







先日母親に夢について話したところ、やってみればいいじゃないと言ってくれました。

あなたはネガティブなところがあるけれど私からみたら向いてないことないと思うよ、むしろ向いてると思う。とも言ってくれました。





ママはいつも私の背中を押してくれます。

その度に、ひとりじゃないんだなって思います。


期待してくれる人がいる限り、頑張りたいです。
頑張れって言ってくれる人がいる限り私は頑張れます。


よく「頑張れって言葉が嫌い」とか言う人いますけど、頑張れって言ってくれたり期待してくれる人がいなくなったら終わりだと思うんですよね。

むしろ、頑張りすぎないでねとか言う人の方が他人事なんだなぁと感じます。




私は頑張れって言葉、一番好きです。





さぁ、今日も一日頑張ろう!!








ここ。




最近、自分の夢についてよく考えます。




私は小学生の頃からある夢があって、何度かブレることはあってもその根本はいつだって変わりませんでした。

生まれつき自律神経が弱く、中学二年生辺りから自律神経失調症の症状は更に酷くなり、学校にもあまり行けなくなりました。

大好きだったバレエもやめました。


気づけばずっと目指していた夢も諦めていました。





それでも私は自分のこの経験を活かすことができ、性格的にも向いているなと思える職業を見つけました。

きっとその職業につけば、自分はやりがいを感じられるだろう。そう思います。



人には少なからず向き不向きがあって、私はその面での自己分析はできる人間だと思っています。



新しい夢は、私に向いています。
向いているし、私ならなれると確信できます。

諦めた夢は向いているとは思えませんでした。





でも、これでいいのかなって。

本当にこれで私は後悔しないかなって。

諦める前にもっとやれることはあったんじゃないかなって思うんです。







最近本当にやりたいと思える夢に向かって進んでいる友人たちの話しを聞いて、余計に悩んでしまいます。


それぞれ目指すものは違ってもその人たちは本当に輝いていて、更にその夢に対して自信があって。

素直に、羨ましい。



自分が向いていると思える夢と自分がやりたいことが一致している人が羨ましくて仕方ありません。




でも結局それって、私の弱さなんじゃないかなと。
諦めてしまった、その弱さなのかなって思って。


体力のない身体だって、遠慮してしまう性格だって、すべてなりたいという想い次第で変わることです。

人の倍、努力すればいいことです。



それでぶつかって無理だったらしょうがない。
でも、その前に諦めてしまっていいはずがない。



だって、いつになってもその私の憧れていたことをしている人たちを見ると泣いてしまうんだもの。

羨ましくて、悔しくて、感動して、涙が出てしまうんだもの。



こんななのに、後悔しないはずがない。




だから少し、頑張ってみようと思います。

もちろん今目指している「保健室の先生」になるための勉強もしながら。


これ以上親に迷惑かけたくないのでね(´ω`;)





こうやって諦めることをやめたら妙にスッキリして楽しくなってきたから、本当にもったいない時間過ごしたなぁって感じです(笑)

夢についてはもう少し形になったらお話しします!







ここ。






アメーバの通知がくるたびに、あー結局更新できていないなぁと思いつつ……


気づけば11月です(笑)




前回の記事でアカウント消します~とお知らせしたのですが、その必要が無くなりました!!まぁだからと言ってなに?というか、大して興味ないかもしれませんが!!!笑



中学の頃は毎日のように更新をしていたこのブログも、今となっては更新することのほうが珍しいという…笑

Twitter等のSNSが普及し、発信の場が増えるとどうしてもブログの更新頻度は落ちてしまいますね。





わざわざ見にきてくださるような人以外の目にはなかなか止まらないというのがTwitterやFacebookなどと違うところ。


検索等で引っかかったりすることもありますが、大概はブログを更新している人に多少なりとも興味がないと見ませんからね。著名人となるとまた違いますけど。



私はSNSなんて根本的には承認欲求を満たすツールでしかないと思っていて(ビジネスとして利用している場合もありますが)、多分自分自身それがとても強い方なんですよね。

で、特に大切だと思えたりわかってくれる人に更に共感して欲しい、認めてもらいたい、という欲があるように思うんです。



だからきっと、ちょうど学校に行けなくなった中学三年生の頃、必死だったんでしょうね。

学校に行けなくても気にかけてくれる人たちに認めてもらいたくて、わかってほしくて。




その必要があまりなくなったというのは今が満たされているということなのか、諦めてしまっているということなのか。



大人になる。ということなんでしょうか。








ここ。