17.8年前の事である。

真夏のとても寝苦しい日であった。

晩酌でいつもとは違い、酒量の量が多かったのかもしれない。

寝静まった午前1時頃、“カタン、カタン、タタタタ”と言う 物音が


して目が覚めた。あせる

どうやら、茶の間から聞こえてきた気配。


誰も起きていないはずなのに・・・ 。叫び


トイレに行くついでに、茶の間へ。


やはり電気は付いて無い。ひらめき電球

茶の間にある仏壇に目が向く・・・ 。


6つある位牌が、なんと全て倒れいたのである。 叫び ドクロ


大きな地震があった訳ではない。


その時は、何故か恐怖心が無かった。


ただ・・・ 。


直感的に入院していた祖母に、なにもなければと思った事を憶えている。




明け方、電話が鳴った。目


祖母が入院している病院からであった。


“危篤です”・・・ 。叫び


祖母は家族に見守られながら息を引き取った。





為せば成る


為さねば成らぬ何事も


成らぬは人の為さぬなりけり。

好きな言葉で座右の銘としている。



他人は、自分もそうであるが・・・。

できない理由をやたらと並べ立てる。


単純にできない理由は“やらない”


だけなのであるが・・・。



さて、娘の話である。


娘が女房に・・・。

ねえ。ねえ。


ナナはね~。やれば“できる子”なんだよ~。


と通信簿を見せていた。


(今は通信簿と言わないのかもしれない)


苦手であった数学が2から5になっていた。

他の学科は褒められるものではなかったが・・・。

女房の顔は綻んでいた。

私は、5になったことよりも やれば“できる子”を娘が口にしたことが


とても嬉しかった。

一時の評価で一喜一憂するのも人の世であるが・・・。

それを自覚した娘が誇らしく思えた。


そ~なんだよ。


できない理由を並べる前に、やってごらん。


ほ~らできただろ。

やればできるんだよ。グッド!

自分でも何から引用したのか忘れていたが・・・。


『人の一生にはそれぞれ起承転結がある。短い一生もあ


れば、長い一生もある。季節で言えば春夏秋冬がある。』


と過去に一度だけ他人に話したことがあった。



昨晩、司馬さんの本を読んでいて吉田松陰の言葉だったんだと・・・。


記憶が蘇った。



その話した相手とは、当時、駆け出しの新任店長。


私は・・・。


教育の面で店舗を訪れる事が多かった。


当然、仕事面での話しが中心だが・・・。


彼から・・・。


私は、偉くなりたいんです。人よりお金を稼いで・・・。


ぎらぎらとしていた。


肯定も否定もしなかった。


ただ、人は地位、権力、お金を望むあまり間違いを犯す。


見る事、見られている事。このことだけを話した・・・。



なんでこんな話をしたのか、いまだ思い出せない・・・。


おそらく脱線して宗教の話をしていたように思うが・・・。


『人の一生にはそれぞれ起承転結がある。短い一生もあ


れば、長い一生もある。季節で言えば春夏秋冬がある。』


神妙に聞いていた姿が記憶に残る。



しばらくして、その店長が入院したことが耳に入った。


入院とはいっても本人は元気。熱が下がらないだけだと言う。


見舞いには行けなかった。


数日後、一本の電話が役員宛に入った。


なに、死んだ???


席を前にしていた、私の耳にも聞こえた。




その店長が亡くなったのである。


とても信じ難かった。


あんなに元気だったのに・・・これからと言うのに・・・。


この時、自分で話した人の一生には~が頭から離れなかった。


なぜ、あの時、あんな話をしたのだろう。


不思議な感じがすると同時に、何か罪悪感さえ感じずには



れなかった。


やりたい事、いっぱいあっただろうに・・・。



葬儀で彼の顔を拝むと、とても穏やかだった。


『これが私の一生、起承転結ですよ』


と微笑んでいるように見えた。



今その言葉をあらためて考えている。


自分は、はたしてどうなのかと・・・。