SCIENTIA EST POTENTIA

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リテラシー能力向上を図って情報発信をしようと思っています。

J.S.ミルは「大学教育について」の中で(我々が完全に活動し得るか否かは、世界についての諸法則の知識を持つか否かに、言い換えれば我々がそれらを用いて働き、それらの中で働き、それらに働き掛けるそうしたさまざまな事物の性質について知っているか否かにかかっているのです。我々が持つこのような知識の大部分は、それぞれの分野でこの知識の獲得を自分の一生の仕事としている少数の人々の恩恵によるものであり、事実そうなのです。他方、科学的根拠についての基礎的な知識が一般の人々の間に行き渡らない限り、一般大衆は何が確実で何が確実でないかを、あるいは誰が権威を持って語り得るのか、誰がその資格を持ち得ないのかを決して知ることはないのです。)と述べています。ミルの言うこの構造は今の日本に当てはまると思います。例えば、官僚機構のセクショナリズムによるジャーナリズムの形骸化です。また、このことは歴史を振り返ってみても同じことが言えます。国際連盟脱退、支那事変遂行、そして対米開戦です。従って、このブログで既存メディアに対してカウンタープロパガンダをしたいと思っています。 http://www.columbia.edu/%7Emw2230/BPEA.pdf http://www.columbia.edu/%7Emw2230/Japan.pdf http://www.columbia.edu/%7Emw2230/Iceland.pdf http://www.columbia.edu/~mw2230/CRcomment-LongTermInstrument.pdf http://www.columbia.edu/~mw2230/JHole2012final.pdf 上記リンクはマイケル・ウッドフォードコロンビア大学教授の「ゼロ金利下における金融政策」に関する論文。
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 インフレーションは、物価上昇により保有している貨幣の価値を低下させるので、人々の貨幣保有コストを高くしてしまう。貨幣は様々な取引を促進するものであるから、インフレーションが貨幣保有を妨げると経済の効率性は失われてしまう。インフレーションが貨幣の実質価値を奪うということは、インフレーションは貨幣保有に税金を課すようなものである。経済学ではこうした歪みを生じさせる効果をインフレ税と呼ぶ。
 インフレが起きると、財・サービスに対する現金の購買力は低下する。この時、政府は現金を増発して、それでもって財・サービスを購入しようとする。国民は自分たちが持っている現金の購買力が落ちているので、購買力を回復しようとして、この政府が増発した現金を政府に財・サービスを売って手に入れる。
 かくて政府は税金を徴収することなく、国民から財・サービスを購入することができるのである。この意味で、インフレは現金を持っている国民全体に対する税金であるといえる。この意味では、現金についての債権者である国民が損し、債務者である政府が得するといえる。
 しかし、政府が得することはないのである。政府が得するという時には、必ず国民の誰かが得しているのである。
 例えば、ある人がインフレによる現金の目減りのために5万円の損失を被ったとしよう。しかし、この5万円はそのままこの人のインフレによる損失にはならない。この人がインフレによる現金を調達したならば、この人が負担したはずの税金とインフレによる現金の目減りとを比較して判断しなければならない。仮にこの人が負担したはずの税金が8万円であったとすれば、この人は差し引き3万円の得をする。
 このように、インフレに限らず、政府の得は国民のうちの誰かの得なのである。従って、インフレとは国民全体に対する税金だといっても、負担したはずの税金と比べてみれば、国民の中に得する人も損する人もあり、国民全体では差し引き零になる。つまり、現金についても、インフレは国民の間の所得の再分配なのである。

「スティグリッツ マクロ経済学」、「インフレとデフレ」(岩田規久男著)参照