どうか 一刻もはやく
この一瞬のときにも
ひとりでも多く
恐れに支配されずに
希望を見失わない気力が
保たれますように。
私は
子供の頃に 三陸沖地震と
08年の 岩手宮城内陸地震
そして
11年の 東日本大震災を 経験しました。
この度の 熊本地震
最初、新潟中越地震と 酷似と聞いてましたが
私の近隣では
内陸地震を 思い出させるパターンだと
話す方たちが おおかったのです。
ただ
地質的な違いなのか
規模の大きさが 比べようなく大きいこと
私たちの経験ぐらいでは
とても 口にもできないね、、、て。
山間での 崖崩れ
あの報道で 確信したこと
これは 他人事とは 思えない災害です。
かといって
直接 なにができるかというと
胸が苦しくなるばかりで
お見舞いにすら ならない。
去年の今ぐらいだと
私の従兄弟が 暮らしてお世話になっていた街だとゆうことを
あらためてしりました。
昨日は 友達から
家族の実家で
命をおとされた方がいて
とにかくかけつけなければ、と
東京から 福岡へ向かうと連絡は来たものの
今まさに 辿り着けたのかどうかもわからない
心のすみでは
行かないで
、、、て 想う自分がいたのは 本当です。
でも 、 行ってくるから。
って 連絡してくれた、てことを想うと
くれぐれも気をつけて
現地で まっている方たちの力に なってあげて
どうか
無事で帰ってきて。
、、、と 祈るばかり
つくづく 自分は無力なのだと
感じています。
どの地震の時でも
真っ暗で 寒い雪の夜ではあったけれど 私の暮らしている町は
だいたいが自宅で 避難生活ができたことは
幸いでした。
あの時の土砂災害で
家を失った方たちの大半は
町を離れました。
崩れた山の斜面は
いまだに 大雨のたびに 広がっているのが
遠くからでも
見ててわかります。
10年ちかく たつとゆうのに
復興は 進んでいないのです。
土地の造りが違えども
ここは 熊本より ずっと田舎でも
ここでは てきないことこそ
熊本の被害には
はやく対処できるように
強く願い 祈るばかりです。
あれだけ多く 大きく揺れ続け
避難場所の状態から
疲労や
悲しみ
心的な被害は
もう すでに始まっているはず
以前 お会いした
聾唖教会のシスターたちのことも
心配で なりません。
外来ボランティアの活動も さかんになるでしょう
けれど それすらも
プラスばかりではなく
人間てゆう動物は
100% 正しくもないし
傷ついた者を 裏切らないとも限らない
それでも 信じていたいと 願うのに
理不尽であったり
残酷でもあることを
知ることにもなるとおもいます。
こんなときに 言うべきことではないことぐらい わかってるけど
経験したからこそ
今 真っ只中で 救いをまつ方たちを
思い案じてしまうの。
なにか できることは ないだろうか、、、
この アメブロで
福岡市の市長さんのブログが ありました。
添付した アドレスは
福岡市の HPです。
物資のことや 寄付のこと
色々知ることから
私には私の 出来る限りのことに
つなげたいと 思ってます。
どうか みなさまも
知っていてほしい
いつか
のどもとを 過ぎていってしまう
私たちは 人間とゆう 生き物だとゆうこと
意識をもって
気にしなければ
嘘みたいに
本当に忘れてしまうことがあるってこと
理不尽で 不条理
誰もが どこかに必ず悪も 持ってる
それでも 誰かと愛しあって
誰かの 力になれるなら て。
自分の心の愚かさや
儚く 頼りない正義感でも
誰かに繋がってゆけたら
届くものが 必ずあるよねって
信じることを つづけること
新しい情報や
ひとりでも多くの笑顔を
諦めや 失望 絶望に つかまりませんように。
なにもできない、、、じゃなくて
想うことからでも
動きは 始まってるはず。
福岡市 平成28年熊本地震に伴うお知らせ
http://www.city.fukuoka.lg.jp/bousai/kumamotozisin.html
この一瞬のときにも
ひとりでも多く
恐れに支配されずに
希望を見失わない気力が
保たれますように。
私は
子供の頃に 三陸沖地震と
08年の 岩手宮城内陸地震
そして
11年の 東日本大震災を 経験しました。
この度の 熊本地震
最初、新潟中越地震と 酷似と聞いてましたが
私の近隣では
内陸地震を 思い出させるパターンだと
話す方たちが おおかったのです。
ただ
地質的な違いなのか
規模の大きさが 比べようなく大きいこと
私たちの経験ぐらいでは
とても 口にもできないね、、、て。
山間での 崖崩れ
あの報道で 確信したこと
これは 他人事とは 思えない災害です。
かといって
直接 なにができるかというと
胸が苦しくなるばかりで
お見舞いにすら ならない。
去年の今ぐらいだと
私の従兄弟が 暮らしてお世話になっていた街だとゆうことを
あらためてしりました。
昨日は 友達から
家族の実家で
命をおとされた方がいて
とにかくかけつけなければ、と
東京から 福岡へ向かうと連絡は来たものの
今まさに 辿り着けたのかどうかもわからない
心のすみでは
行かないで
、、、て 想う自分がいたのは 本当です。
でも 、 行ってくるから。
って 連絡してくれた、てことを想うと
くれぐれも気をつけて
現地で まっている方たちの力に なってあげて
どうか
無事で帰ってきて。
、、、と 祈るばかり
つくづく 自分は無力なのだと
感じています。
どの地震の時でも
真っ暗で 寒い雪の夜ではあったけれど 私の暮らしている町は
だいたいが自宅で 避難生活ができたことは
幸いでした。
あの時の土砂災害で
家を失った方たちの大半は
町を離れました。
崩れた山の斜面は
いまだに 大雨のたびに 広がっているのが
遠くからでも
見ててわかります。
10年ちかく たつとゆうのに
復興は 進んでいないのです。
土地の造りが違えども
ここは 熊本より ずっと田舎でも
ここでは てきないことこそ
熊本の被害には
はやく対処できるように
強く願い 祈るばかりです。
あれだけ多く 大きく揺れ続け
避難場所の状態から
疲労や
悲しみ
心的な被害は
もう すでに始まっているはず
以前 お会いした
聾唖教会のシスターたちのことも
心配で なりません。
外来ボランティアの活動も さかんになるでしょう
けれど それすらも
プラスばかりではなく
人間てゆう動物は
100% 正しくもないし
傷ついた者を 裏切らないとも限らない
それでも 信じていたいと 願うのに
理不尽であったり
残酷でもあることを
知ることにもなるとおもいます。
こんなときに 言うべきことではないことぐらい わかってるけど
経験したからこそ
今 真っ只中で 救いをまつ方たちを
思い案じてしまうの。
なにか できることは ないだろうか、、、
この アメブロで
福岡市の市長さんのブログが ありました。
添付した アドレスは
福岡市の HPです。
物資のことや 寄付のこと
色々知ることから
私には私の 出来る限りのことに
つなげたいと 思ってます。
どうか みなさまも
知っていてほしい
いつか
のどもとを 過ぎていってしまう
私たちは 人間とゆう 生き物だとゆうこと
意識をもって
気にしなければ
嘘みたいに
本当に忘れてしまうことがあるってこと
理不尽で 不条理
誰もが どこかに必ず悪も 持ってる
それでも 誰かと愛しあって
誰かの 力になれるなら て。
自分の心の愚かさや
儚く 頼りない正義感でも
誰かに繋がってゆけたら
届くものが 必ずあるよねって
信じることを つづけること
新しい情報や
ひとりでも多くの笑顔を
諦めや 失望 絶望に つかまりませんように。
なにもできない、、、じゃなくて
想うことからでも
動きは 始まってるはず。
福岡市 平成28年熊本地震に伴うお知らせ
http://www.city.fukuoka.lg.jp/bousai/kumamotozisin.html