今日、ある人の話を聞いていて

自分の行動について思うことがあった。



ある人が、ある人にお金を貸した。


そのお金は、口約束で貸したもの。

そして、そのお金は返済が滞った。


一体どうしたら?というもの。



そもそも、こういう

トラブルに巻き込まれるのは


自分にとって

かなりの疲れと疲弊を伴うものだけど


見方によっては

自分に立ち帰る大きなキッカケとなる。



私も、

【慰謝料をキチンと請求する】

この出来事で

自分が大きく変わったし

今となればターニングポイントだったと

確信を持って言える。



きっと、未来にはその確信は

もっと現実を帯びて

確固たる自分の人生の中で

感謝に変わっていると思う。



それは、

自分がその出来事に対して

本気で向き合ったから。



泣き寝入りとか、

口先だけの許しではなくて



自分と相手に本気で向き合った結果


やり切った



これが、本当に大きくて



人は、嫌な出来事は

忘れちゃおう

運が悪かった

見なかったことにしよう

とやりがちだけど


そもそも、その出来事に

すっぽりハマってしまった

キッカケは


必ず【自分の無意識】に繋がってると思う。



自分の中心がスカスカだったり

人から何かを先に奪おうとしていたりするんだな。



私はその相談者の

口調?話し方?を聞いていて

ああ、軸が座ってないな…って感じたもん。

在り方って本当にそのまま出る。

なんだか、ふわふわしてる。



人から騙されたり

傷つけられたり



確かに、

加害者が分かりやすく

悪かったりもするかも知れない。



でも、

1ミリ、自分に非は無かったか?と問われたら

必ず思い当たることはあると思う。



巻き込まれる前に

気づいて身を引いたりも出来たはず。



関わる上で

【あれ?変だな?】と

かすかな違和感

虫の知らせ

自分の感覚とずれている

禍々しさ


が、

あったハズ😂




私にはあった。



それを無視して進んだ。




それを決めたのは

相手ではなく


私だった。




ここに、【純粋さ】

というものを挟み込むと

事実が見えなくなるから

ちょっと注意。



純粋さ

とは美しいけど

未熟でもある。



私も一時期

相手の黒さを憎んで

自分の白さを憎んだことがある。



本当の深い視点は

善も悪も

同一にある自分。



相手の黒さは

自分の黒さだったりもする。



相手にも

(自分からは一見、見えない)

白があったりする。



それをは

戦ったから見えたもので


相手を恨んでるうちは

なかなか見えない。


しっかり自分で

「向き合おう」と思って、決めて


そしたら、相手とも結局

向き合う事となる。



ますは、それが大きな一歩で

心のなかで向き合うと決める事。



許されないことは

法で裁く。


それは、現実の話。

客観的事実で戦う。



でも、

心情的にも対処が必要で

弁護士任せで終わるわけがない。



私の中の何が

この出来事と結びついたのか?


似たような事例は何度も起きてないか?


二度と巻き込まれないためには

自分はどう変わる?



これと向き合うことのほうが

実は何倍も難しいのたけど

これをやらないと

自分の人生は変わらなかったりする。



騙す方も

騙される方も



それなりの理由がある。




ただし、

自分を振り返る時、

自分にダメ出しするのが

目的ではない、ということも大切で


自分はなんて駄目なんだ…


というところにハマるのも違っていて


それもまだ

たどり着くべき場所ではない、、と思う。


もう一息、もっと奥に進むと


自分は駄目なんだ、というのは

簡単に入りがちな逃げ場なのだけど


本来、

人の力は計り知れないほどあるし

人はとても強いはずなので


そこを信じる


自分には解決出来る強さも

ポテンシャルもある

が真実だったりもする。


それを諦めという

甘い蜜の味の立ち位置で

留まってたら

何も変わらない



結局、乗り越えるのは自分だから



拗ねて、自分は駄目なんだ…

というのは本質からズレているし

自虐なので、こそにはハマらないように



自分の何がいけなかったのか?


は、事実を淡々と見据えて

包み隠さず自分を見つめて



じゃあ、それは辞めよう



と気づいて辞めるだけ。





それで、話は最初に戻ると


私はそのお金の貸し借りの話を聞いていて



私がした行動は

本当に自分にとって良かった、と

気づけたんだ😭



あの時、

泣き寝入りをしなくて本当に良かった。

立ち上がって本当に良かった。



私も、行動を起こすのに半年かかった。

好きだった人とのトラブルだったから

なかなか腰が重くて

決断するのに随分時間がかかったなぁ…



恐怖もあり、

現実を直視する事に耐えられなくて

何度も逃げてたけど


知れば知るほど

向き合えば向き合うほど

自分やコトの真相にたどり着いて



憎むべき相手の内面には

それなりの、【仕方ない】闇があるし


私の中にも

どうしょうもない殺意(例えね😂)とか

下心とか、それも闇


かと言って

相手が欲していたのは本当は安らぎだったとか

私が欲していたもの繋がりだったとか。


そこには

愛の枯渇があったり。


それは、人に求めていたけど

本当は、自分が自分に与えていたら

こんな曲がった形にならなかったのに。


自分の中に既にあるものなのに

何故か盲目になってたり。



結果として


その盲目さに

気づかせてくれたのが、

この事件だった😊🙏



だから、

わたしが冒頭の話を聞いていて

思ったことは



あの時、立ち上がって

本当に良かったということ。


あの時の行動は

本当に自分の人生を変えた

ということ。

 


人との縁って

こういう形で現れてくることもある。



愛ある形、とは一見

思えない出会いであったとしても

根底には

強い縁であればあるほど

大きな愛が流れてる。


前の旦那に対しても思うのだけど

敵として相手の人生に登場する配役って

なかなか引き受けたくないよね。


敵って、

すごいエネルギーのぶつかり合いだし

苦しいものだから

誰だって引き受けたくない。


でも、きっと

生まれる前に

約束したんだろうな。


私が悪役引き受けるから、

それで目を覚まして?って😂



相手に対しても、私は悪役に映るだろう。



同じ土俵で戦う。



これは、ある意味

縁がないとできないし

最高の戦友である。



少しでも手を抜けば

そこでゲームオーバーだから。




私は言えるのは

あの起爆剤で

私の人生は動き出したし

本領発揮なんて言葉が出てきた。



俯瞰したら

本当は、悪役なんていない。



縁が深かった


約束は確実に果たされた


これが事実。



渦中にいる時には

なかなかそうは思えないけど



その最中にも

自分を自分の中心に戻しながら

呼吸と軸の訓練・鍛錬の場だと思えたら

最強だよね💕



今日はそんなことを思った

素晴らしい1日でした〜🍀🌟


結構前にとれた
カボチャをいよいよお料理に💕

種は固定種なので、今年
また植える予定。

本当に豊かだな〜って思う🥰