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タートルの会(中途視覚障害者の復職を考える会)における私の発言

 タートルの会(中途視覚障害者の復職を考える会)という会の幹事を仰せつかっています。 タートルの会のホームページ http://www.turtle.gr.jp/  この会での私の発言の1コマを紹介したいと思います。 かなり堅い発言で恐縮です。(笑)  ここ2~3年ほど職場での担当業務との関連性もあり、メンタルヘルスに関するセミナーやシンポジウムに参加してきました。 精神疾患の場合も「完治」という診断はなかなかなく、「寛解」という表現が使われるケースが多いようなのですが、全く同一とは考えにくいものの中途視覚障害の場合と環境が似ているなと感じてきました。 また、リハビリテーション的なことも精神障害のほうは視覚障害以上にプログラムもなにもないのが現実ですよね。 視覚障害の場合も、世間一般からみるとかなり固定観念に起因すると思われる誤解が多いことも皆さんのほとんどが体を持って体験なさっておられると思います。 ただ、視覚障害の場合は白杖を持っているだけで周囲の人は「あぁ視覚障害の人だ」と認識はしてくれます。 精神障害の場合は一目ではまずわからないケースがほとんどですし、偏見はまだまだ社会の根底にあることも現実だと思います。 また、特に視覚障害に関わらず中途という人たちは少なからず精神面での葛藤を乗り越えなければならない…、そういう点では直截の疾患とは別にメンタルな面、アイデンティティーの再構築はとても再起において重要なファクターであることは疑う余地もないわけです。 その再起のきっかけ作りにおいては医療関係の重さは、平均的な医療従事者が思っている想像以上だとも言えるでしょう。  そのような中で、うつ病をはじめとする精神疾患の患者は軽度の方を含めれば想像がつかないくらいおられることも事実でしょう。 そうでなければ、心療内科という名称だけではイマイチよくわからない科目が大繁盛するわけがありません。 中途視覚障害をきっかけにうつ病になる人もたくさんおられることも衆知の事実だとも思います。 精神疾患について特に一昨年から昨年にかけては、復職というテーマであちらこちらでセミナーが開催されていました。 その中で、特に印象に残っていることがあります。  O先生とおっしゃる精神科のドクターの復職判定の明快な話でした。ドクターは疾患的な面での判断はできるが、対象者がどのくらい仕事ができてどのような仕事をさせられるかという判断は医療関係者には判断や決断はつかないという、言われてみれば至極当然のお話でした。 ここは一つの大きなポイントだと思います。もちろん視覚障害においても復職ということにおいてはほぼ同様のはずです。 しかし、ここで精神障害と視覚障害の違いを区分して考えなければならないことがあることも当然の事実です。 感覚障害である視覚障害の場合は、特に行動や物理的な認知に大きなハンディキャップを負うわけですから、このへんをどう理屈ではなく実態として克服するかという問題があるわけですね。 ここで生活訓練とかかなり高度で実践的なロービジョンケアの存在は大きなものとなるわけです。 そして、そこからつながることもあるであろう職業訓練も附随して大事だとも言えますが、これはまずどのような仕事に復職するかというシュミレーションがないと、単なるパソコン講習程度に終ってしまう危険性もありますからなんでもかんでも職業訓練という一つの枠にはめて考えることは早計すぎるとも感じます。  もちろんリハビリとかロービジョンケアというものについての眼科医の存在はたいへん大きいのだけれど、用は金と場と少し口は出すけど手は出せないというポジションで推移してくれて、そういうドクターや病院が増えればいいと思うんですよね。 現在の医療報酬の形式を考えると、眼科医がリハビリやケアに多大な時間を自ら割くのはよほど余裕がある病院や施設でもなければ現実的とは言えないでしょう。 上肢や下肢障害においてはPTやOTがドクター並みの存在になってますよね。 そして彼らはリハビリとかケアという領域でちゃんとした裏づけを持った実績を残してきて今日があるわけです。 正直、このへんについて眼科、視覚障害の領域はとても脆弱と感じるのは私だけなんでしょうかね。  もちろん当事者の声も恐ろしく小さくて偏向しているとも感じています。 歩行訓練といえば、全盲向けのプログラムがまだまだ主体ですし、白杖持った歩行訓練の後は盲導犬の育成とかになっちゃうようなのはなにか不自然というか、大きな忘れ物をしている(あえてたいへんな部分は避けて通っているのでは…というきらいもなしにあらず?)気がするんですよね。 今更盲導犬訓練センターがロービジョン訓練なんかをはじめるのはなぜなんだろう…、暇だから?、それとも…というのが正直な気持ちです。  ちょっと就労の話に戻します。 私が思うには、キュアからケア、リハビリとかの医療的な領域はドクターをはじめとする医療関係、福祉関係の人たちが主体になって進化させていただくのが当然と思っています。 ただ、彼らができるのは、だれそれを復職させたとか雇用継続できたとかまでは難しいし、そういうことがリハビリとかケアが充実したという成果には結びつかないようにも強く感じるんですよ。 用は、彼らには限界があって、実際に復職したりした際に、職場でどのような仕事があって、それについて当事者がどう取組むか、どのような訓練をして工夫をして何とかこなしていけるかということまでは立ち入れない部分が現実としてあるということなんです。 ご存知のとおり、最近特に 復職はしたけれど… という悩みを打ち明ける人も多い。 特に中途の場合は、”過去の栄光”的な要素を強く持っている人ほど現在とのギャップを消化しきれずにいるケースが多いですよね。 タートルの場合は特に10年経って、新たなテーマを…と言われると、うまく表現ができないんですが、こういったところの解決への取り組みではないのかな?と私的には強く思うところがあるんです。  なんでかと問われたら、視覚障害の復職の最終関門である 目が不自由な人にできる仕事はあるの?どうやってやるの? という部分を少しでも雇用側というんですかね(直接的には人事の人、特に障害者雇用担当あたり)、そういう方たちを入り口にして 理解者 をどんどん増殖していくということに尽きるような気がするんですよ。 こういうところは医療関係や福祉関係にはまずできない領域だとも確信します。 だからこそタートルの理念とか活動に注目してくれる医療福祉関係者も多いのではないかと思うんです。 ”生きた情報”、”経験に裏付けられたノウハウ”、そして何よりも現役という”強さ”はシーズ側が学習したとかそんなへなちょこなものとはレベルが違うということなんだと思います。(こちとら生活かかってんだよ!ってとこですかね。))  データベースとかがきっと大きな財産になって、復職検討委員会あたりで、視覚障害者でもできる仕事なんてのが当たり前に項目に入るといいですね。 そういった面で、医療関係は医療関係で、福祉は福祉で、当事者は当事者で 目が悪くたって普通に仕事を続けていけるような社会 になるように尽力していけばいいんじゃないかと思います。 その中で、タートルの会が、駆け込み寺であったり、気づきの場であったり、ガス抜きの場になったり、そして何よりも情報発信の集まりで進んでいけばきっと後戻りはしないだろうという気概でやっていけばいいように思います。 (おわり)  私が中途視覚障害になった原因疾患である「網膜色素変性症」という疾患があるのですが、この疾患関連の団体「日本網膜色素変性症協会」(略称:JRPS)という団体の理事も仰せつかっています。 次回はこの団体の活動における1コマをご紹介したいと思います。