星と音楽で よかっ祭  -383ページ目

星と音楽で よかっ祭 

人生航路、夢は持ち続け からくり儀右衛門さんを見習いたい! 
星も 音も 「飽くなき探求心」だ!

12月10日(火)友引 (戊申)  旧暦 11/10

 月齢 8.9  
月の出時刻 13時23分
月の入時刻 01時07分

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今日も訃報のテレビ

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フォーレ  レクイエム

 

 

 

 

歌詞があったので

 

盤を待ってます

追記 【レビューから】

>レクイエムは鎮魂ではなく、天に送り出すものであると聞いたことがあります。

 フォーレのレクイエムを聞いていると天に行くよりこのまま留まっていたいような、

 そういう意味では鎮魂歌なのかもしれない、とれも美しい心休まる曲だと思います。

 この曲はずっと聞き続けるでしょう。

 

>この音楽は本来は死者の魂を慰めるための音楽であるが、

 生きている私も何度もこの音楽で救われた気がする。

 日常の中で持たざるを得ない負の感情、怒り、悲しみ、妬み、

 そんな気持ちを不思議なほど和らげてくれる、

 不思議な効果がこの音楽にはある。

 私はクラシック音楽というジャンルが堅苦しくては、

 幾つかの例外を除いてあまり好きではない。

 この作品は数少ない例外だ。

 この作品は私にとってはクラシック音楽という枠組みを意識させず、

 たとえばブライアン・イーノのアンビエントミュージックと同じように、

 世知辛い日常を生きて抜くためのツールとして機能してくれている。

 茫洋としたメロディ、美しい少年合唱団の声、優しさに溢れたバリトンの声、

 すべてがあいまって、心身を弛緩させるような鎮静効果をもたらしてくれる。

 宗教音楽であるが宗教っぽさはみじんも感じられず

 ただ刺々しい感情をなだめ、現状をあるがまま肯定してくれる、

 そんな幸せな気分をもたらしてくれる。

 疲れているときは何も考えず死者のように横になり、この音楽に身を委ねたい

 音楽を聴いた後は確実に心が浄化され、自身が鎮魂されるのを感じられよう。

 神の国は天にあるのではなく、すべての人の心の中にあるのだ、

 というキリストの言葉がこの音楽を聴いた後には切実に感じられる。

 たとえば臨死体験から生き返った人のみが持ちうるような
 心の高みに一歩近づける、この音楽にはそのような効果があるような気がするのだ。

 

>1885年7月25日、フォーレの父親がこの世を去り、その後、母親も他界した。

 深い悲しみに陥ったフォーレは、「レクイエム」を作曲した。

 フォーレは1888年1月このレクイエムをパリのマドレーヌ寺院にて初演した。

 この作品は、彼が教会におけるふれたであろうグレゴリオ聖歌をはじめとする

 古い教会音楽のさまざまな作品からその特有の、

 旋律法、和声法、構成法、表現法を駆使している作品といえる。

 またこの作品は、楽器の構成にも工夫がみられ、

 ヴァイオリンを1部、ヴィオラを2部にすることで、より美しく、柔らかく、

 本来の響きとわ異なるものを生み出し、瞑想的な音楽に仕上がっている。

 コルボの演奏は、そうした構成をうまく表現し透明で美しい演奏となっている。 
 コルボの演奏は、数ある名演の中でも最も優れていて、洗練された音楽解釈と

 柔和で透明感のある、明るい響きに溢れている。

 聴くものすべての心に染み入り、根本的な安らぎと癒しを与えてくれる演奏である。

 人間が生み出した「極限の美」の世界を味わうことができる。

 

本日も

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