彼は真面目な奴だった。


授業の予習は毎回してくるし、自分の受験科目ではない教科もしっかり勉強していた。

私は全然していなかったが―


定期試験の時、自分の勉強の時間を削って、試験が始まるまでの短い間に友人たちがわからない所を解説し、私が全く勉強していなかった世界史などでは試験に出そうな箇所を親切にも教えてくれたりもした。


当然周りからの人望も厚かった。


もちろん彼の成績は良く、文系で1番だった。模試でも大抵彼の名前は成績優秀者にのっていたし、傾向が変わり、難化したセンター試験でもいつも通り好成績を収めていた。


そんな彼が大学に落ちたことを知ったのは合格発が終わり、誰がどこに受かったかが書かれた速報が高校の廊下に貼り出されたときだった。


「あいつの名前がない―」


私は手違いで彼の名前が速報に乗ってなかっただけだと思ったし、そう思いたかった。

結局、手違いでもなんでもなく彼は1点差で志望大学に落ちていた。


「あいつが受からないで誰が受かるんだ…」


私よりも遥かに真面目で賢かった彼が落ちて、受験間近になっても麻雀をしていた私が受かってもいいのだろうか、

と思い私は手放しに合格を喜べなかった。


もし彼が現代社会ではなく、政治経済を受験していたら…

もし2次試験のリスニングがしっかりしたものだったら…

もし彼があと少し落ち着いて試験を受けれたら…


そんなことを考えても何の意味もないことはわかっているが、それでもつい考えてしまう。


願わくば、この1年が彼にとって大学生活以上に意味のあるものであることを―

このブログでは私が思ったことなどを勝手気ままに記していこうと考えてます。