これだけです。
石井琢朗選手、24年間お疲れ様でした。
中学3年の、7/18広島戦で初めて見かけて以来、広島行かれてからも応援してました。
やはり、将来は横浜に指導者として戻られることをお待ちしてます。
ふと思い、これからの人生忘れちゃいそうなので書いておこう。
28の自分が大学受験したのは10年前。
思えば、当時の些細な選択がなければ今の自分もなかったかもしれない。
しかし、思い返せば高2の冬頃(受験の1年前)は毎日FFタクティクスばっかやってる体たらくっぷり。
中学時代は(自分で言うのもあれだが)そこそこ定期試験で順位よかったが、高1、高2と徐々に下がり、
気づけば結構ひどい順位だったかもしれない。
(それでも、赤点は殆どとらなかったけど。)
たぶん、はっと目が覚めたのは高2の冬に受けたマーク模試。
当然、日ごろから何も勉強していない。
英語は173取るも(学年10位!)、化学が17点(4~5択ですよ!たしかブービー。)
ここで危機感感じたのが、2001年3月。
でも、春休み遊んじゃう。
4月になる。
高3の始業式。
クラスメートが始業式中に英単語帳勉強してる。
まずいなこれ、と思い、とりあえず受験モードに入ってみる。
まずは、授業は寝ないようにした。
早弁と昼休みの野球は続けた。
親の前で、ゲームは封印することとした。
家帰ってから勉強も、1日3時間ぐらいはやるようにした(部活は引退してたんで)。
単語帳、数学青チャートのIAIIBを1から自力でやることとした。
物理と化学もろくにわかってなかったので、高1の内容(IB)から独学で復習。
たしか、物理は加速度とかからやり直した気がする。
金曜夜と土曜昼にZ会入ることとする。
Z会の数学レベル高すぎて(自分が遅れすぎて)全く着いていけず。
そんなこんなで、1学期終わりかける。
大学受験の目標はよくわからないので、とりあえず大学どこか考えてみた。
当時の成績では東大なんてまず無理だと判断。
(当時の担任から、高3の最初頃は、現役でどこか行ければいいな、ぐらいの成績だった。)
学校で記述模試受けるも撃沈、たしか東工大D、慶応理工Eだった記憶。
基礎の復習終わらぬまま、夏休み迎えんとす。
このころは、ごほうびといって、勉強11時までやった後、30分プレステやってた。
それまで何回か全クリしてた、スタオー2を一日30分ずつやり始める。
(↑この息抜き、結構効果はあったと結果論ながら感じてます。)
あと、火曜夜はメガスマ聴きたさに、深夜1時まで勉強。
当時は毎朝6:30には起きてた事考えると、かなり水曜朝しんどかったはず。
このラジオ、受験終わるぐらいまで毎週欠かさず聴いていたんで。
(メガスマ話は受験終わりごろ、エピソードあるんで)
夏休み中は理系はほぼ毎日夏期講習があるので、10~15時ぐらいは学校で勉強、
あとは家で勉強な感じ。
物理の補修中に友人がスタオーブルースフィア隠れてやっていた。
夏ごろのマーク模試。
2月以来のリベンジ。
クラスメートがライバルに見えていた今日この頃、他の連中がやたら東大東大言ってたので、
この模試でなんとなく東大を志望校に書いてみた。
なんとなく薬学系が面白そう、1よりは女子が多そう(笑)という事で、理2に。
マーク模試当時の結果は。
英語174、数IA86、数IIB89、国語106、物理64、化学81、日本史68
化学が半年前の5倍に!
数学が予想上に出来ており、このごろぐらいから基礎ができてきた事実感じる。
英語は半年間で1点しか増えなかった。笑
国語はやはりだめ。
あと、ノリで受けた現代社会は40点ぐらいだった。
学校内の順位も予想以上に良く、奇跡的に理2もマークだがD判、ちょっと自信ついた。
この日は壱八屋 横浜店でラーメン食べて帰る。
弟が広島の大会があるといって、親と一緒に行き、終日1人でいる日も2日あった。
ひたすら勉強で耐えた。
こんな感じで夏過ぎ、2学期へ。
家族以外と会わなかった期間2週あったが、そんなに久々な感じしなかった。
そろそろ数学は応用はいるため、Z会の問題とりかかる。
理科はそれでも基本ばっか。物理伸びない。
9月の記述模試で理2E判くらう(河合塾)、数学記述式で撃沈。
10月記述模試(休日)で、英語学年3位とってしまい(駿台)、理2D判!数学くやしい
このころから、下位に低迷していた定期試験の成績が急上昇、学年10番位までなぜか伸びる。
11月は親に申し込まれた慶応模試を休日受ける、なぜか奇跡のB判。
11月下旬、生まれて初めて東大模試(河合)受ける、なぜか全科目平均超え、B判。
同じく駿台東大模試受ける、英語で偏差値63、数学38点/120点ながら偏差値60近く出す(平均22点)も、国語9点/80点満点とやら他の科目が悲惨で、辛うじてC判。
英語は学校の教材と単語帳、熟語帳、1冊問題集のみ。
数学はチャート終わらす。物理化学は実践問題集の繰り返し。
毎日30分の努力が実り、スタオー2を2回全クリする。
Z会の物理をさぼるようになる(土曜昼、家で寝てた)
年末に、親と受験予定校の下見をする。
四ツ谷(上智)→本郷(東大)→高田馬場(早稲田)→三田(慶応)
あ、理工学部は日吉だったね、当時は意識してませんでした
年明けてからはセンター対策。
国語は…殆どなにも勉強しませんでした。
日本史は、過去の記憶とドラえもんまんが(笑)
3学期になってからは、学校は月曜と木曜の週2のみで、あとは自宅等で勉強。
ほんと人と会わなくなる。
センター試験は横国で。
最後のセンター模試では680点前後出せていたので、これを目標に。
緊張せず受けられたが、結果は以下のとおり。
英語177、数学IA100、数学IIB94、国語100、物理76、化学94、日本史85、計650
数IAと国語が同じ100点という快挙を成し遂げてしまった。
てか、国語ひどすぎ。評論文8/50だもん。漢字4つだけ
新聞見ながら自己採して、青ざめた。
よく他しくらなかったなー
化学は1年前と比べると大進歩。英語は1年で3点アップって笑
理2の足きりはなさそうだったので、そのまま申し込みあとはだらけつつ家で過去問のみ。
そう、このあたりから徐々にだらける。
2/9が卒業式。受験前にね。
2/11初受験上智。
数学が難しかったが、英語は9割、化学7割ぐらい出来、手ごたえはそこそこ。
2/14、18回目の誕生日(世間はヴァレンタイン)は慶応理工。
数学壊滅。他は普通。受けた瞬間終わったと思う。
2/16、早稲田理工。
数学、英語、化学、物理すべて平均的な感触、今思えば一番手ごたえあった。
この日の帰りが上智の発表。
高田馬場→四ツ谷へ途中下車し、人気のない上智キャンパスにて、自分の目で合否を確認しに行った。
受かってた。
親に連絡、喜んでた(尚、親は電報で既に知ってた模様)。
帰りの電車で、携帯からメガスマに合格した旨をメッセージ投稿。
私立でも進学する予定だったんで、一安心。
次の日にプレステ版DQ4を買ってしまう。だらけた。
2/23、慶応発表。
全く自信なかったので、発表時刻は外出してた。
帰ったら親が、『慶応受かってた』とのこと。
あの出来でよく受かったな~
精神的にかなり楽になった。
2/25東大二次初日
早めに本郷へ。受験番号50090。
僕は、受験直前参考書は読まないポリシーがあったので、寝てた。
前後の女子2名は参考書を必死に熟読。
マイペース、マイペース。
国語はとりあえず書きまくった。
途中腹壊してトイレへ。
数学あけたら、1問目に唖然。
これ、わなじゃない…?
わなにきをつけつつ、たまたまこの日は5問の微積でもひらめたりと、数学は3完2半ぐらい出来た。
案の定だが、帰りの受験生の声聞く限り、2002年の数学は例年より易しくなってたとか。
帰りに模範解答配ってたが、見る気なかったので無視。
2/26 東大2日目
英語は平常心。
物理と化学はひたすら答案用紙たこ殴り。
野球で言えば、とりあえず塁をにぎわせる感じ。
あとは天命をまつこととした。
感触としては、40~50%ぐらいか?
帰りに、既に数学5問の答えが耳に入ってきた。
自分の解答と同じだったからよかったもので、これで違ってたら2週間ほどへこみそうである。
自宅に帰ったら早稲田の合格が。
ここまで順調であった。
東大後期(理1)に申し込んでいたが、勉強する気0だったのでだらけ始める。
3/5ぐらい
卒業もしたし、って事で初めて髪を染めてみる。
あとはドラクエ4ばっか
3/10 東大前期合格発表
当日になって怖くなったので、親を差し置いて(日曜日)12時過ぎに家を出て、一人で直接合格発表場へ向かった。
13:15ぐらいに本郷三丁目から人ごみをくぐって構内へ。
50090は、見間違えでもなくありました。
親に連絡、そりゃよろこんでくれた。
アメフト部の祝福は受けなかったけど、しばらく感傷にひたって、本郷を後にした。
これで受験はすべて終わったんだ、っと。
思い返せば、最後の1年のみ死ぬ気で勉強してました。
多いとき14時間やってた時期もあったけど、苦ではなかった。
ずっとCD流しながらやってたし。
メガスマを週1の楽しみにして、合格報告したら、MCの飯塚雅弓さん、ちゃんと読んでくれたんですよ!
おめでとう、って。
それだけでも嬉しかった。最近は全く見てないですけど、お元気で活躍されてるのでしょうか?
メガトンステッカー、家に眠ってるはずです、宝にします。
自分の場合、帰国子女で英語は元来有利なのはあったので、
数学と理科2強化に注力した勉強方をとりました。
日本史は元々好きだったので、あまり力さかず。
基本を忠実にやれば、結果が伴うことを学びました。
予断ですが、大学4年時に成績開示を行いました。
英語87/120、数学82/120、国語22/80、物理39/60、化学32/60(計262/440)
(センター650/800、累算計351.375/550)
国語半分できたと思ってたんだけどね~笑
ちなみに、この年の合格者平均(理2)は 357、合格者最低点が332だったらしい。
つまり、自分の場合数学1問閃かなかったら、受かってなかった模様。
紙一重です。
長々とすいませんでした。
花粉症ではなく、広島です。
なんでこうも広島に弱いんでしょう、横浜…
それも、タクローが広島に行ったころから顕著に。爆
自分の考察は
①東出・梵コンビをあっさり出塁させてしまう、走らせてしまう
②丸にホームラン打たれすぎ(昨年もさながら今日も。去年は9本中半分打たれた?本人も得意意識もってるかと)
③パワーピッチャーへの淡白な攻め
今の横浜打線に対しては、皆遠慮なくファーストストライク投げてくるでしょう。
あっさり2球見逃し、最後三振や、変化球引っ掛けてゴロ、のパターンが多いです。
初球から振りぬく姿勢が見たいです。
ただし、バリントンや福井に去年5敗してる通り、やはり苦手意識あるんでしょうね…
2chでも打順については色々触れられていましたが、自分で考えたものの、
例年より中軸の層が薄いため、これ!というのが思いつきませんでした。
①(二)石川
②(遊)藤田
③(三)中村紀
④(左)ラミレス
⑤(一)吉村!
⑥(右)下園
⑦(中)森本
⑧(捕)黒羽根
でしょうかね…
吉村2軍ですけど、全く打ってないわけじゃないですし、
相手の警戒度が増すと思います。
森本は下位の方が意外性が発揮できるかも。
下園は調子悪いですけど、調子取り戻せば6番として適任。
金城との併用ですかね~こちらも1割台とひどい。
議論される梶谷だけど、やはり今の状態では1,2番は相手にプレッシャーあたえられず、
厳しく感じます。代走要因でしょうか…
あと、直人カムバック!
さらば、広島アレルギー!
広島中日以外の3球団とは互角に戦えているだけに、克服できるはず!