研究テーマを
貧困と幸福の関係にしたくて

幸福というものを少し調べてみた


それからやたらと
考えるようになった。



例えば
アイスを食べると幸せだ。
だから毎日アイスを食べる
小さな幸せが毎日つづく


なんて幸せなんだろう。



でも



アイスを我慢してみる

目先の幸せを我慢して我慢して我慢して

そしたら痩せた!

なんて嬉しいんだろう。



我慢してストレスため込むけど大きな幸せがやってくる。




どっちのほうが幸せなんだろうか?






あなたならどっちのほうが幸せ?



絶対的貧困、相対的貧困があるように
幸福には3つの種類があると思う。

まず絶対的幸福
生きるための基本的権利が保障されてる状態
先進国に住むほとんどの人が絶対的に幸福だと言える。
難民キャンプ等での飢えや衛生上の問題を抱える人
民族等により迫害を受け常に死と隣り合わせのような人
紛争や内戦に巻き込まれた人
こういった人は絶対的幸福はない。

第二に相対的幸福
これは他人と比べて幸福かどうか
絶対的幸福の条件が満たされていても
日本にいたら貧しい人
例えば親の収入が乏しく本人は進学したいがそれをあきらめて高卒で働かざるおえないとか
お金がないからボロボロの貰い物のカバンで登校せざるおえず周囲から嫌がらせを受ける子供とか

そぉいった人は日本で比べる限り相対的に幸福とはいえず

どんなに本人が幸せと感じていなくても
裕福な家庭に生まれ何不自由なく育てられたような子供は
相対的幸福なんじゃないだろか


第三に感性的幸福
これは自己実現と比例する
自己実現できたことで幸福と感じられる

例え相対的に貧しい環境であっても(進学を諦めて働く例)
彼は進学したいという自己の欲求を満たせておらず不幸である
しかし彼が働くことで弟を進学させることが彼にとっての目標となれば、それが達成された時彼はなりたい自分になれた自己実現できたことになり、満たされる。
これが感性的幸福

つまり貧しい途上国に住んでいても自己実現できたとき彼らは幸福だと言える。

先進国に住んでいてもいじめ、リストラ、派遣切りなどで自己実現が果たせなければ私たちは感性的幸福を手に入れることはできない。

当然ここでの自己実現は一つを指すのではなく
個々人により規模も様々、数もまちまちだと考えうる。



やっぱ哲学も勉強したかったなDASH!



最近よく考える

とりあえずフリーターして
結婚して子供産んで
パートで働いて
子供が独立して孫が生まれて



そんな人生もありやなぁ
そんな人生も幸せやなぁて。


それがなりたい自分である人にとっては
達成された時自己実現が果たせたことになり幸福だと言える。



でもやっぱりうちは





ずっと前から
もっと別の将来を思い浮かべていたから

自己実現のためには



やっぱりうちは今がんばらなあかん。


逃げたらあかん。





とゆーわけで


ぐーたらな心入れ替えて

ほんまにほんきで本腰いれなDASH!DASH!DASH!