おととい昼寝したせいで眠れなくなり(ヒトラーは不眠症)、2時頃まで「アンナチュラル」を見てしまった。しかし昨日は意外と7時台に目が覚めたので東大地理の論述を書いた。
夕方頃眠くなったがここで寝たらまた夜眠れなくなるので、「世界史であそぼ」を進めるついでに東海大学前にある温泉さざんかに行って癒しを得ることにした。入浴料が700円と隣駅の鶴巻温泉にある弘法の湯より安価で、あまり混雑していないのが良い。美肌効果が謳われているだけあって肌が異常にすべすべになった笑。新宿から電車で約1時間なので、皆さんもぜひ足を運んでみてはいかがか。
今日は東大地理の添削をした。ナンセンス大賞は1980年代以降の台湾の産業構造の変化の特徴とその背景を3行(90字)で述べる問題かな。
自分の解答
「安価な労働力を活用して原料を加工して輸出する輸出加工型工業が主要であったが、外国企業の進出によって先端技術産業が盛んになった。」
ツッコミ
・「輸出加工型工業」は捏造されたっぽい言葉である笑。加点にならない。
・「先端技術産業」というのは悪くないが、「外国企業の進出」によって転換がおこったという説明は説得力に欠ける。あと何から何への転換か良くわからない説明である。
・そこで労働集約型工業→技術集約型工業という地理的に明確な表記をすべき。具体的には衣服や電気製品組み立て→電子機器や電子部品。
・こうした転換の背景には、台湾人の賃金水準上昇がある。賃金水準上昇により労働集約型工業の国際競争力が低下したことを指摘したい。
・以上から、加点要素が示せていない論述であった。評価はEに近いD。アタマプラス!
最後に正誤問題。たくさん作れたので5題、解答つき。
①戦国時代には,血縁をこえた無差別の愛を説く墨子の墨家,あるがままの状態にさからわずすべての根源である「道」への合一を求める孫子の道家,強大な権力をもつ君主が法と策略により国家の統治をおこなうべきだとする商鞅・韓非・李斯らの法家などが生まれた
②高祖となった劉邦は秦の都咸陽の近くに新都長安(現在の西安)を建設し,秦の制度の多くを受け継いだが,秦の急激な統一政策の失敗を教訓として,郡国制と封建制を併用する郡県制を採用した。
③王莽の政治に対して赤眉の乱がおこると,新はまもなく倒れた。その後,動乱のなかで豪族を率いて勢力をのばした漢の一族の劉裕が漢を復興して皇帝となった。
④『史記』とそれにつづく後漢の班超の『漢書』以来,紀伝体が中国の歴史書のもっとも基本的な形となった。
⑤アメリカ大陸では,前1200年頃までにテオティワカン文明がメキシコ湾岸で成立した。
①✕
老子・荘子の道家。孫子は兵法を講じた。
②✕
郡県制と封建制を併用する郡国制を採用。
③✕
劉秀(光武帝)。劉裕は東晋を倒して宋をたてた武将。
④✕
班固。班超は西方の事情を伝えた後漢の人物。
⑤✕
オルメカ文明。テオティワカン文明は前1世紀のメキシコ高原。
明日は早稲田大学商学部。頑張ろう!