その根源となったのが・・・「母の聴覚障害が徐々に進行したことにも深く影響を受け」(彼が12歳のとき聴力を失い始めた)、手話を習得し、母の側に座り家族の会話を手話で同時通訳をしました。
また、母の額に直接口を当てて明瞭に発音することで、母がそれなりの明瞭さで聞き取れるというテクニックも生み出しました。母の聴覚障害について没頭するあまり「音響学」を学び始める事になります。
そして「アレクサンダー・グラハム・ベル」の妻である「メイベル」も聾(聴覚障害)でした。

(*ベルの家族写真)
また「アレクサンダー・グラハム・ベル」電話以外にも数々の発明をしていますが、僕自身が1番感銘をうけているのは発明の数々ではなく1872年10月に開校させたボストンで視話法を教える学校 "School of Vocal Physiology and Mechanics of Speech" の実績です。
この学校でまだ幼かったかの有名な「ヘレン・ケラー」と出会っていて、後年ケラーはベルについて、「隔離され隔絶された非人間的な静けさ」に風穴を開けてくれた人と評しています。
そしてもう一つの裏話として・・・1915年1月世界初の大陸間横断通話を行ったことによりこれが初の電話通話だと知られている事も少なくありませんが・・・
実は1877年にベル電話会社(英語版)を創業した前年の1876年10月9日に「アレクサンダー・グラハム・ベル」と「トーマス・A・ワトソン」は、ニューヨークとサンフランシスコ間3,400マイルを隔てて電話で会話したのが世界初の通話となってます。

(*通話試験)
「アレクサンダー・グラハム・ベル」の設立した会社は「AT&T」という現在でもアメリカに存在する大手通信会社として尚君臨しています。
でも僕は1つだけ思う事があります。
今でこそ当たり前になった携帯電話ですが「アレクサンダー・グラハム・ベル」の素晴らしい発明は健常者でありながら常に自分と違う境遇の人の為に考え抜くという志があって初めて成し得た事だと感じます。
ベルの遺志を継ぎ世の中の人々を暮らしに希望を与えた「ヘレン・ケラー」の様に「志」を大切にどんな逆境にあっても伝え続けることか重要なんだと。。。

(*電話考案の最初のスケッチ)