できた?
人生・仕事の結果=考え方x熱意x能力 京セラフィロソフィーの人生の方程式では、結果は考え方、熱意、能力、3つのパラメーターできまると説かれています。そしてそのなかでも、最初にくる考え方が最も重要であるとされています。考え方の評価には、マイナス100からプラス100まであり、次に続く情熱と能力の結果も、考え方次第では、半分に縮んでしまうことやそれ以上にマイナスにもなると説明されています。 世の中のものは、全て同じ軸の上に乗っているのではありません。それぞれの異なる軸があり、その向きを決めているのが考え方だと思います。そして、目標の軸に対して自分の考え方が投影されて、成果になるのだと思います。自分の目標に対して成果を大きくするには、その目標がどこに向いているのかを知り、それに対して自分の考え方をそろえてゆく事で自分の力を発揮できるのだと思います。 自分の経験を振り返ってみれば、その通りと思うことが多々あります。ひとつ目は、ASICの機能仕様作成時に、出来るかどうかきっちりと見切れていないのに、大丈夫だとしてしまいました。あとになってその誤算のツケが回って来てしまい、スケジュール、コストなど多くのところに多大な悪影響を与えてしまいました。ここでの失敗は、何がなんでもやらなければいけないと思い、無理を通そうとする考えがあったからだと思います。前に進むためには、無理を通そうとすることが必要だと思います、しかし、ものをつくる段階になったとき、その考え方はただの無謀に変わってしまいます。 このように最初の局面での判断は、その後の結果をきめるだけに重要です。そして、判断をするということは、その場になっていきなりできることではありません。判断をするには、その対象のことを知っており、いくつかの選択肢を上げることができ、その選択肢それぞれの結果を思う浮かべて、比較できなければなりません。それだけのことをするためには、その対象に関する経験をして、その経験を自分の中に残していなければよい判断はできません。では、判断をするための実績とは何なのでしょう。その対象の経験をすることは、当然ですが、判断をすること自体の経験が必要です。それは、特別なことではないと思います。毎日は判断の連続です。毎日の生活の中でも、ほぼ無意識に判断をしています。ここでも何も考えないのではなく、より良い方法がないかをを考えることが大切です。もっと細かいことでは、歩くこともそうです。歩くたびにいちいち判断などしていたら全く進まないと思われます。そのとおりで1歩ずつ考えていたらいくら時間があっても足りません。しかしこの当たり前のことにも見直すことはあります。歩き方がおかしければ、背骨が歪み、体のバランスが悪くなります。そうなってくると体中に余計な負荷がかかり、体力が落ちゆきます。頭も体の一部なので、頭の調子も悪くなり、思考力、判断力が劣っていきます。このように判断を間違えると多くの損失が発生します。ここで、「有意注意で判断力を磨く」を実践することでそれを回避したいと思います。 しかし、いつまでも考えていても前進しないのも事実です。最初の計画は悲観的の立てても、実行は楽観的に行うとも京セラフィロソフィーで説かれています。自分の経験では、中途入社して最初の仕事では、楽観、楽観、楽観と進み、結果は大きな遅延と不具合を残しました。次の仕事では、前回の失敗をしないように、すべてを悲観的に開始しました。しかし、結果は同様に失敗をしました。この失敗で、心身ともに消耗してしまい、しばらくダメな状態が続きました。今思うと、悲観だけではうまくいかないのだと思います。悲観は油断を減らす代わりに、夢を失ってしまいます。夢が無ければ希望も無くなり、生きて行く意味も見失ってしまいます。そんな負のスパイラルに落ちて行ってしまいました。そこでどうするかです。捨てる神あれば拾う神ありというように、助けを求めれば助けてくれる人はいます。しかし、いつも誰かに助けを求めていては何も進みません、ただのお荷物です。これは自分にとっても非常につらいことです。自分の道は自分で責任を持つ覚悟で決めなければなりません。しかし、こんなことばかり言っていても気が滅入る一方です。ここで、楽観的に実行するです。計画は悲観的に、慎重に慎重を重ねて立てる、そして、一度決めたら、覚悟を決めて行くだけです。 二つ目に能力についてです。自分の経験からすると、能力とは自分が積み重ねて来たものだと思います。どれだけ引き出しを持てるか、その引き出しを思い出して開けることができるかだと思います。引き出しにに中身が無ければ元も粉もありません。この引き出しの中身を増やすことは、一つ一つの積み重ねでしか出来ません。次に後者です。自分の引き出しに何が入っていたかが思い出して活用できなければ、知らないのと同じになってしまいます。これが知っているだけではなく、実践できることとの違いだと思います。しかし、悲しいことに人間は忘れる動物なので、時間がたつだけで、以前は出来ていた事も出来なくなってゆきます。能力は何もしなくても時間とともに失われて行きます。なので、失ってゆく以上に新しい知識を取り入れてゆかなければ、現状維持すら出来なくなります。このための努力をすることも能力なのだと思います。3つ目に熱意について考えます。先ほどの引き出しの中身を集めるためには、この熱意が必要だと思います。熱意が多ければ多いほど多くの引き出しを集められると思います。能力とあわせて考えると、熱意を活用できるのが能力だと思います。 このように人生の方程式について考えました。これを胸に刻み、人生を誤らないように生きたい思います。 ですが、人生は複雑でいろいろな局面に突き当たります。その時々にどうやって克服するかが大きな問題です。しかし、幸運にも私たちには京セラフィロソフィーがあります。ここに宇宙の意思が記されています。ただひたすらに信じつづけ、無心で京セラフィロソフィーを実践し続けてゆく先に宇宙の意思との調和があるのだと思います。
できたー
今年のお正月に実家の小倉に帰省していました。毎年、初詣は近所の篠崎神社に行っています。そこで、おみくじを引きました。大吉でした。ここ数年の間、半吉や末吉ばかりで、ぱっとしないのが続いていました。凶を引いたこともありました。しかし、今年は久しぶりに大吉を引きました。おみくじを引いて開ける前には、たいてい大吉が出ろと思いながら開けるのですが、本当に大吉が出たときはうれしかったです。今年は運がまわって来たのだと思いました。次に行った天疫神社でも、大吉を引きました。二回ともでたので、本当にツキが来ているのだと思いました。以前は、おみくじに期待することはありませんでした。自分でどうにかなると思っていました。しかし、自分ではどうにもらないないことに方がずっと多いと思うようになりました。結果が自分で考えたようになったようでも、偶然そうなったということがほとんどで、ほんの少しでも状況が変わっていたら違う結果になると思うようになりました。加えるとASICの回路だけならば、設計通りに動くけれども(動かないとダメ)、仕様作成から設計、検証までの一連の作業をして、成果物にするところで、思うとおりにならないと感じています。その理由は、当たり前ですが、自分ひとりだけで仕事をしているのではないからです。そこで必要なのは、情報共有が第一と考えています。それには、コミュニケーションが必要です。云々というのが、大前提のことですが、そこで定跡通りに進めたとしても、結果は思うとおりにならないと思っています。それについて去年は、仕事の進め方が悪いと指摘をたくさん受けました。事実、後戻りの作業が多くあり、時間を余計に浪費することが多発しました。それを踏まえても、自分ではどうにもならないことがあると感じています。非常に残念な結論ですが、そこは自分の運も関連していると思っています。どのタイミングで、どのプロジェクトに参加して、どのようなメンバーと、どのモジュールを担当するかは、正直、めぐり合わせだと思います。入社して一年半、関係したASICは三つですが、未だに自分の専門、立ち位置が定められていません。自分の仕事の領域を持ち、それに基づいて、発生した仕事に対して取りに行くかどうかを判断しなければいけません。自分の仕事ではないのに、取り込んでしまう、逆に自分のすべき仕事なのに放置する。これが起こると良くない結果になります。そのための自分の領域です。それを持っていない理由としては自分の技量不足が原因です。しかし、そこで必ず失敗するかというと、そう言うわけでもないと思っています。そこで、助かるかどうかは、運だと思うます。やっと話が最初の大吉の件に戻ってきましたが、やはり運がなければ、失敗していまうと思います。とはいえ、成果物がないと訳にはいかないので、その場合は腕力で、ゴリ押しをしてゆく事になります。そうしていくと、負荷が大きくなって行きます。去年の夏には、軽いギックリ腰になりました。その後、左足にも蔓延して、歩くたびに痛みを感じるようになりました。ネットで調べて、うちの近所の堺東カイロプラティックに行ってみました。そこは、整体のようなマッサージをするのではなく、根本治療をするというのが売りでした。そこで腰痛の原因は脳にあると説明を受けました。神経の動作がおかしくなっている為に、体が歪んで、腰痛もろもろを引き起こしているそうです。その話を聞いて、たしかに体が傷んでいると思っていましたが、それ以上に、頭が傷んでいると感じました。まだ三十四才ですが、体力が無くなっていることも実感しています。このままこの調子で去年のような無理を続けていくと、体がすり減ってゆき、そのうち力尽きてしまうと思っています。それを回避するのは運だと思います。かなり危ない状況で、大吉を引いたことを考えても、まだダメになってしまわないうちに、もとに戻すように出来ているのだと思います。この運を味方に今年一年を乗り切りたいと思います。 おみくじのことを書き終えてしまったのですが、文字数が足りませんでした。身の回りのことを書きます。毎日午後十時まで残業しています。朝は八時三十分ごろに出社しています。通勤時間は五十分くらいです。六時間くらいは寝て、身支度をしていると、一日の自由時間はだいたい一時間です。この一時間をどうするかですが、大体飲んでいます。特に、玉造駅前に「焼肉五苑」と「や台や」という店があり、残業後は、いつのもメンバーで、よく行っています。この一時間を自己啓発に当てるべきという指摘はあると思いますが、ここで飲みに行ってることで、自分のバランスが保てているのではないかと思っています。飲みながら、アホみたいなことを言いながら、辛いことを忘れて、眠れているように思います。このあたりが努力不足の最たる所だと思いますが、こればかりは性分なのでやめられません。ですが、最近体重が増えているので、メタボリック症候群にならないように(既になっていますが)、気をつけなければなりません。
