地震の時のブログでは、沢山のコメントありがとうございます。
初めての経験で、かなり心細い思いをしていたので、
大変、励みになりました。
おかげさまで、この辺はたいした被害もなく、身内親戚もみな無事でした。
コメントもペタも返せずにごめんなさい。
このブログが、私の日記のようなものなので、
この日起きた事を書いておきたいと思います。
自分本位で自己満足な物なので、
興味のない方はここまでにしてくださいね。
地震が起きた時、私は昼ご飯も食べ終わり、
おやつを食べながら、ポケーッと昼ドラなどを見ていたのですが、
テレビ
の画面に、突然緊急地震速報が流れました
この速報は、初めてではないので、緊張することも無く、
とりあえず、テレビでも押さえておくかと、テレビに近づいて、
押さえ始めた時に、小さな揺れが来ました
小さな揺れが、だんだん大きな揺れになった時、
夜勤明けで、寝室で寝ていた夫がびっくりして起きてきて、
夫は食器戸棚を押さえ、私はテレビとパソコンを押さえてました。
揺れは、自分がグルングルンと、回っているように感じる揺れで、
今までに経験したことのない、揺れ方だったような気がします。
長い揺れが収まった時には、軽い車酔い状態になってた位。
次に、気になったのは、実家の両親。
築38年のボロ家なので、周りの家は普通に立っていても、
実家だけ、潰れている情景が目に浮かんでしまいました。
揺れが収まる前から、停電になっていて、
携帯から電話しても、もうすでに不通。
余震がある状態で、いてもたってもいられず、
車で実家に出かけました

地震のせいで、信号
はついていなくて、
すでに渋滞が起きていました。
いつもは、車で5分も掛らないのに、
倍以上の時間をかけて行ってみたら、
予想に反して、家は無事で、両親も元気
でも、火事になんてなると、年寄り二人逃げられないと思い、
大事なものだけ持って、アパートに連れてきました。
夫は、地震のための非常招集で、職場に出かけた後で、
両親と3人で、ラジオを聞いて過ごすしか、ありませんでした。
ただ、電気と水道が不通なのに、ガスだけは使えたんです。
水の買い置きは沢山あったし、米は無洗米、
いつも、ご飯は、鍋で炊いているので、
普通に温かいご飯を食べることが出来ました。
両親が持ってきた、大事な物の中には、
午前中煮ていた、煮ものが入った大鍋があって、
それにも助けられました(大鍋ごと運んできたんですよ)
相変わらず真っ暗な中、することもないし、余震もあるし、
服のまま寝るしかないか、と9時ごろから横になっていたんですが、
夫からは、その後連絡もないし、そんなに早くから眠れる訳もなく、
ずっとラジオを聞いていました。
どうやら、この辺よりも、ずっと大変な被害のある所がある、
とわかったのも、その頃です。
家に帰れそうと、夫からメールが来たのは、日付が変わる頃。
家に着いたのは、深夜1時過ぎでした。
もうちょっとかかりそうなので、いったん切ります。
続きは夜