未来をどうしたいかと聞かれたら、
私はたぶん、
『枠の名前』を答えることはできない。
結婚したいわけでもなく、
一緒に暮らすことを最終目的にしているわけでもない。
ただ、
彼と同じ空気を吸っている時間が
自然に続けば、それで十分だと思っている。
私は、
誰かと未来を重ねたいと願うタイプではなかった。
結婚という概念そのものが
息苦しさや閉塞感と結びついてしまう。
けれど彼とは、
未来の話が怖くない。
むしろ、
未来が『生活の延長』に感じられる。
決意とか、宣言とか、誓いとか。
そういう大きなものではなく、
今日の延長線上にある“穏やかさ”として
未来を受け入れられている。
彼が何かを決める前でも、
決めた後でも、
私はそのどちらにも揺れない。
彼が動くときは、
自分の人生を深く見つめたうえで
腹を括って動く人だと知っているから。
だから私は、
その決断を急かさないし、
確かめようともしない。
確かめなくても、分かる。
彼の動き方や、
ふとした視線の方向、
静かな沈黙の質。
その細かい変化のどれもが、
未来というものを
彼の中で静かに形にしている証拠だから。
そして私は、
その未来に私が『含まれていること』だけを
そっと受け取って生きている。
未来を奪わず、
未来を求めすぎず、
そのまま流れに逆らわず
彼の速度に合わせて進む。
私の未来の覚悟は、
「こうしたい」ではなく、
「彼となら、どんな形でも大丈夫」
という静かな確信。
——肩書きや関係の名前ではなく、
生活のリズムとしての未来。
それが、
彼と私のあいだで
もっとも自然に、
もっとも美しく成り立つ未来なのだと
いまは迷わず思えている。
