こちら藤畑仮設住宅へ訪れるのは3回目

●一度目は2か月前にボランティアの朽木さん、いたこさんに頼み行ってもらいました
状況が分からないけど一様物資がいるかいらないか聞いて欲しいと。
結果、仮設に入ってから物資がきたのはこれが初めてだったらしく、皆さんに大変喜んで頂きました
車に入っていた物資は全てここへ下ろしました

●二度目に訪れたとき、私本人がいったのですが、もういらないと一つも受け取ることはなかった

●三度目、なんとなく気になり、再度パンパンに詰め込んだ物資を載せてこちらに伺う

その時の写真がこれです
   ↓
$海老名から被災地へ。直接支援活動ブログ

$海老名から被災地へ。直接支援活動ブログ
何故このような事が起こるのか?
それは、未だこちらの仮設住宅にはコミュニティの連携が取れていなく、集会場もなく、まとめる人もいなく、何処に誰が住んでいるのかも分かっていないのです

何が必要で何が必要ないのか?
何が困っていることなのか?


お互いに分かっていないのですむっ

行政を頼っている地域と自立している地域の差がこの時点ではっきりと分かれてきています
私達なりにも色んな提案をあげ、他の仮設の現状を話したりしています

出来る事はやる。でもやり過ぎてしまっては生きる力を失わせていまう。。。
そう思うと、私達が支援できる範囲はどこまでなのか?と葛藤するときがあります


$海老名から被災地へ。直接支援活動ブログ
帝王切開での出産4回目!
死を覚悟で出産を臨んだゆうさん
無事に出産! 

旦那さんは無職
生活は厳しく、義援金を充てに生活するようなお金はもうない

いまや沢山のボランティア団体があり、こちらに来るのを待っているのではなく、ネットから支援を要求すれば、簡単に物資が届くシステムも出来上がっている
そういったものを利用するように話をしました

実は、彼女はそのシステムを利用したことがあった
しかし、その現状を聞いて唖然・・・汗


子どものおもちゃを頼んでみたら、
首が取れた人形や腕が取れたロボット、使い古したメンコなど、段ボール1箱沢山に入ったおもちゃから使えるものを探したが、3つくらいしか入ってなかった
手紙が入っていた
ノートをザツに切り取ったものに書かれていたのは
『捨てるのに困っていたので、助かりました』


もう1つ届いた箱には
沢山の卵のパックと食べた後のヨーグルトの容器
こちらの手紙には
『これで何か作って遊んで下さい』


ミルクが届いた
名前も住所も手紙も何も入っていない
何処の誰かも分からない。怖くて子供に飲ませられない




確かに人はそれぞれの価値観がありますから何も言えません
送って頂いた行為には感謝しなくてはいけないでしょう
それでも、自分が貰った時の気持ちを考えて、送って欲しい
ただでさえ傷つき、繊細になっている心に新たな傷をつけて欲しくない

顔の見える支援
やはり大切だと思った
$海老名から被災地へ。直接支援活動ブログ
絆愛(きあ)ちゃん星

きずな+あい 

そういった漢字、今年は沢山使われそうですねニコニコ