私は自分では

子どもの頃から我慢することが多かったな、

と思ってる。

 

まず、私は小物だった。

 

私は二人姉妹の姉なんだけど、

「姉」という役割に向いてない「小物」なんで、

姉妹だけで何かをする時、

必要以上にテンパって、

自分のダメさに落ち込むことがよくあった。

 

お買い物を頼まれても、

妹は気楽なもので買い物を楽しんで、

私一人でプレッシャーを背負ってた。

 

母からは

「大事なお金絶対に無くしたらあかんよ。」

「もしこんなことがあったらこうしなさい。」

など余計にプレッシャーをかけられてビビってた。

 

母にはそんなつもりはなかっただろうけど。

 

もし

「失敗しても大丈夫だから、思うようにやってごらん。」

「お金無くしても、大した額じゃないから大丈夫。」

 

と言われたらどうだっただろうか。

 

小物の私は、

それでもなお、

プレッシャーに感じただろうな。

 

「お母さんはそういうけど、絶対に失敗したくない!」と

勝手に自分にプレッシャーかけてたかもな。

そんな子だった気がする。

 

我慢してたことを思い出してみると、

 

「小物なのに姉という立場」の他に

引っ越したり転校したり、

足が悪かったり部活やれなかったり、

好きな習い事させてもらえなかったり、

ゲーム買ってもらえなかったり、

服を買ってもらえなかったり、

だからうちは貧乏なんだと心配したり、

好きなテレビを見せてもらえなかったり。

 

確かに可哀想ではあるけど、

大袈裟にいうほどではない。

あげてみると結構小さなことだ。

 

暴力とか

夫婦喧嘩とか

借金とか

両親が帰ってこないとか

祖父母との人間関係とか

お母さんが病んでるとか

 

そんなダメージの大きなことはなかった。

 

普通に食べるものがあって、

安心して住める家があって、

洗濯もしてもらったし、

進学もさせてもらった。

 

我慢してた、とか、抑圧されてた、

と感じてたのは、私の性格のせいだったのかも。

 

「足るを知る」みたいな考えが全くなく、

足りないことばっかりに目がいって、

自分を不幸だと思い込んでたのかもしれない。

 

母がよく

「家族が仲良いだけで幸せ」とか

「お父さんとお母さんが喧嘩しないだけで幸せ」とか言ってたけど、

 

「それがどうした」

と思ってました。

「そんなの当たり前だ」と。

 

「そんなちっぽけなことでは喜べない。」と思ってた。

 

小物でビビりな私は、

もっと「調子に乗れるほどの何かでっかい幸せ」が欲しかったのかも。

 

それなら

めちゃくちゃ勉強頑張って学校で一番になるとかで

調子ぶっこけるほど優秀になれば?と今は思う。

 

自分が掴み取るのではなく

与えられることばっかり考えてたのかもね。

 

小物は、自分では何もできないと思いがち。

頑張ってもどうせ、と思いがち。

凡人が頑張ったところで、と諦めがち。

 

母はよく、

「これから何にだってなれる、可能性は無限大。」と

夢のようなことを言ってた。

それにも辟易していた。

 

「いいよなー、お母さんは気楽で。」

 

これから人生を歩んでいけるのか、

不安しかなかった私は、

母に将来の話をされる度に

もう夢とか将来とかどうでもいいから、

人生の終盤にジャンプしたいと思ってた。

 

本当に不安だったなー。

不安を消すためにも塾に行きたいと懇願したこともあったんだけど、

許してもらえなかった。

学校の授業で十分だと。


まあこの不安を消すには

◯ぬしかないと思ったこともあった。

 

勉強全然できなかったけど、全然気にしてなかったよ、

と母が経験談を話してた。

可愛いから許されてたんだって。

いいよなー。

そんなことで安心できて。

 

母は

8人兄弟の末っ子。

私とは違いすぎる。

蝶よ花よと育てられ、(貧乏だったというけど)

無敵モードの性格が形成されたんだろうな。

 

そんな母とのずれが、私の中の不安とか不満とかストレスを大きくしたのかも。

今となっては母のことを一人の人間として分析できるけど、

子どもの時って親をお手本と思ってるからね。

同じようにできない、考えられない、と自分をダメだと思ってしまってたのかも。

 

 

子ども時代がどうであれ、

私は今はもういい大人なんだから、

自分の性格くらい、自分でなんとかしなさいよ、とも思う。

 

いつまでも子ども時代のせいにしなさんな、

自分でどうにかできるでしょ、と思う。

いつまでも誰かのせいにしてるなんて甘えてる。

 

これからの私は自由だ!

自分の時間を好きに使おう!


あるお婆さんが、

60歳の時に

バイオリン弾けるようになりたいなーって思ったらしい。

でもこの年から始めても、と思って習わなかったんだって。

そして80歳になって、

「あの時始めてたら20年もできたのに。」

と思ったそうだ。

(年齢は正確じゃないかも) 


まだまだ新しいことできる。

縛りだと思ってたことも気にしないで

考えを広げてみよう。



ブログ長すぎる、ごめんなさい🙏