yacchiさんのブログ
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マジで疲れた

結局、仕事に自分を見失ったまま、ここまで来てしまったぜ。

ちょっと立ち止まって、考えてみよう。

あまりにも、疲れたな。

くだらない奴らを相手にするには。

ちょっと、今後の方向性を考えるとするか。

決めた

明日から、また書こう。

楽しんで、書こう。

なんにも考えず、書こう。

赤裸々に、書こう。

書くこと自体が目的なのだ。

2011年振り返り(仕事編)

【仕事編】
4月に入社して以来、世間巷で言われていることが現実的に存在するのはこういうことかということに多く出くわした。

まずは、会社の体質というものについて。

前にバイトとして在籍していたところは、ベンチャーということもあってかなり自由をモットーとした会社だった。

若い人が多く、事業部長レベルで35歳くらいだったから、飲み会でも気さくに話しかけてくれ、2次会では朝方まで一緒にダーツを興じるような感じだった。

仕事内容もバイトなのに結構な裁量を与えられて、毎日仕事をしているという感覚は少なかった。

そんな感じから入った今の会社は、全く違った文化を持った会社だった。

韓国系ということもあって、上下関係が激しく、役員は神のような存在で、下っ端はこれをやれという色が強い会社だった。

外資系という言葉に魅了されていた僕にとって、それはかなりショッキングな世界だった。

1年目は人にあらず、という言葉が似合う現場は、かなり現実乖離していて、ストレスがたまった。

別にすることもないのに、朝早く来ることが奨励された。

最初はそれに従ってかなり早く来ていたが、意味がないことがわかると毎日始業時間ギリギリに出社するようになった。

そうしたら、常務を始めお偉い方々にふつーに注意された。

朝早く来ないと仕事をちゃんとしていないように映るらしい。

実際にちゃんとしていないならまだしも、僕の中ではかなりいろんなことを積極的に学び、問題を解決したんじゃないかと思っているのだけれど。

この会社ではそんなことどうでもいいみたいだ。

いかに先輩が来る前に出社して、上司を敬い、新人らしい清々しさを見せることの方が大事のようだった。

それは、確実に顧客軽視にも繋がる文化だった。

顧客の都合よりも社内の論理が優先され、顧客からかかってきた電話を「会議中です」と言って平気に切るような会社だった。

夜の飲み会にも参加しないとダメな空気があった。

でも、その飲み会こそ上下関係が露骨に出てくる空間で、酒がなくなったら注文して注いで…と下っ端が楽しめるものではなかった。

僕は極力参加しない方向で乗り切った方だが、それによって注意を受けることもあった。

多くの人が役員の顔ばかり見ていて仕事をしていた。

事実をいかに好転させるかよりも、事実がいかに好転しているかのように見せることに力が注がれた。

部長は役員に、役員はその上の役員にいかに良いように映るかが大事だった。

本社と支店という関係もいびつだった。

顧客と直接接していない本社は、本社の論理で動いた。

それも会社としては世界で有数の会社だから、本社には相当のプライドがあったし、顧客を下に見るような感じがないともいえなかった。

顧客は顧客でこっちをただのベンダーのひとつとしてしか見てこないから、両者の間には大いにGapがあった。

その間にたって働く身としては、両者の妥協点を見つけてあげることが仕事だった。

けれど、それは簡単なことではなかった。

組織が大きすぎて小回りが全く効かないから、顧客の要求をそっくりそのまま満たしてあげることは不可能に近かった。

それも、赤字で経営が厳しかったから、ますます金にならないような顧客の要求には応えられなかった。

むしろ、こちらから要求するくらいの横柄さだった。

ある意味仕方ないとも言えるが、そういう態度をとっているうちに顧客からの信用はますます下がった。

そして、それに市況が追い打ちをかけた。

マーケットとして成熟を迎えていた我が産業は、昨年ピークを迎えた反動がやってきた。

そして、ますます売上が落ちて柔軟性を失っていく負のスパイラルに陥っていった。

それを受けて、本社ではかなりの血が流れることになった。

明確に、Give&Take、責任と報酬の関係があった。

けれど、支店はなぜか守られた。

本来、責任を取るべく人がとらず、そのままの席に居座った。

結果、何も変わらなかった。

いつも会食ばかりで"人間的な"付き合いばかりしようとする人は部下に簡単に見抜かれていたが、体質は変わらなった。

しわ寄せは必然的に社内の雰囲気になって表れている。

誰も、本気を出して現状を変えていこうと思う人はいない。

会社という保護者に厚く守れていることが当たり前な人たちにとっては、会社は変えていくものではなくて、守っていくものだった。

そんな人たちから見て、僕みたいな"使えない奴"は非常にけむたい存在だと思う。

僕はやることは周りの助けを借りてでも、自分が代わりに怒られようと、不平不満を言いながらも確実にやってきたと自負している。

でも、そんなことこの会社にはあまり関係なくて、いかに上にどう思われるかが大事なのだ。

体育会出身の人たちにとっては、それは当たり前の世界のようだ。

けれど、それは僕が大事にしている世界とはかなり遠いものだった。

"一年目の仕事"を当たり前に思っている人と対立することもあった。


仕事内容について語らねばならない。

仕事はほとんど事務的なものだった。

そのため、社内のシステムをいかに上手く使えるか、に時間がそそがれた。

けど、僕なんかは結構顧客のもとへ行かせてもらえた。

毎週、技術系の人と一緒にミーティングに行った。

そのおかげで、技術的なことも少しずつだが勉強することができた。

その点は、他の同期と比べても幸運なことだった。

仕事はまずは全体像を掴むことが大事だ。

その意味で、自分たちのビジネスモデルをきちんと理解することが何よりも大事だ。

ビジネスモデルと組織との関連も理解が必要だ。

そういったことを毎日少しずつ学んで自分なりに体系化していった。

「1年目の教科書」という感じで、自分なりにマニュアルも作ってみた。

大体が誰でもできる事務作業だから、そんなものはマニュアル化してしまった方が今後のためになるからだ。

一方で、情報の整理整頓には苦しんだ。

起きるのが遅かったせいで、仕事中の空いてる間に新聞のスクラップとかを読むしかなかった。

そのせいで、きちんと情報を体系化することには弱かったと反省せざるを得ない。

だから、会社でも情報を持っている人には結構食らいついて教えてもらった。

そういう人達の情報には非常に価値があったし、自分の情報収集術にも勉強になった。

なによりも、顧客が成長を促してくれた。

言われなければ調べないようなことも、顧客からの依頼によってやらざるをえない状況になったことで、勉強する機会に恵まれた。

それは、ある意味、幸運なことだった。

総括すると、実務者として事務的な作業が大半を占めたことは事実だが、空いた時間にそれ以外の部分、今後にも繋がるようなところにリソースをいかに注げるかが成長のカギだと気付いた。

けれど、それは相当困難なことだった。

疲れている中で少しでも背伸びをするには気力と体力、モチベーションが必要だった。

だんだんと、自分がそういうところを疎かにしてしまった反省はある。


何のために仕事をしているのかというのは、常に問わねばならない。

最初はやりがいだとか何かを変えたいだとか、大それた野望をえがいているのだが、いつの間にかそんな気持ちはなくなり、ただ単に働くことが目的化していく。

そうなった時、その人はただの会社の駒であって、自らを"社畜"に追いやってしまうだろう。

だから、常に自分を見つめなおさねばならない。

僕の場合、今は完全に理想とはかけ離れたところにいる。

けど、現状への慣れが変わりたい気持ちを逓減してしまう。

週に5日働けば、週末に楽しいことがあって、その繰り返しで少しばかり満足を覚えるようになってしまう。

だからこそ、強い意志が必要になのだ。

僕は今年のままではいられない。いてはいけないと思っている。

だから、人になんと言われようが、来年は確実に自らを変えていきたいと思う。

それはもちろん、場所も時間も変える=時空を変えるということだ。

僕がいまの会社に入って働きだして思ったこと、気づいたことはこれからも大切にしていきたい。

そして、何かに対する不満は、それを変えようと努力するよりも、自分が変わった方が早いことがある。

いまはそんな感じだ。

というわけで、今年の反省も抱きつつ、来年は更なる飛躍の年にしたい。

仕事にやりがいを持っていきたいと思う。

以上。
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