my faith diary -14ページ目

my faith diary

ブログの説明を入力します。

祈りの中で教えられたこと

今みことばにうえかわきがほとんどなくて、
必要なのはわかってるけど、全然あたまにはいってこない。

で、神様がわたしに今なにを語られてるかって考えても、
みことばないから何にもわからん!!!
やばい!と思って、祈りの中で聖書開いたら、

マルコ8:34~
それから、イエスは群衆を弟子たちといっしょに呼び寄せて、彼らに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。
35
いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。
36
人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう。
37
自分のいのちを買い戻すために、人はいったい何を差し出すことができるでしょう。
38
このような姦淫と罪の時代にあって、わたしとわたしのことばを恥じるような者なら、人の子も、父の栄光を帯びて聖なる御使いたちとともに来るときには、そのような人のことを恥じます。」

が目に入って、
わたし捨てれてない!負えてない‼︎ついてけてない!恥がある!ってなって、心に刺さりまくった。
家族の前で祈れないし、語ることも出来ないし、何にもできない(;_;)
情けない(;_;)ってめっちゃ負い目感じてて、
この箇所読んで尚更、わたし自分自身を捨てれてないんだって思った。

でも、本当にごめんなさいっ変えてくださいってめっちゃ祈ってる中で、
すごくお父さんの優しさ、あわれみと、
花婿いえすさまの身を捧げるほどの愛が、すごく染みて、
こんな近い関係に招いてくださってるんだって、感じた。

だからこそ、今のままでいーやじゃなくて、
本当に変わりたい(;_;)(;_;)(;_;)(;_;)

花嫁として、もっっっと、成長したい。(;_;)


それから神様の栄光で満ちるところは、解放と自由と、よっっっろこびで満ち溢れてるんだってこと、
はんっっっっぱじゃない喜び。

だから、この栄光を、家でも、職場でも、満たしたい!って思った。