関節リウマチ、私24歳。 -14ページ目

関節リウマチ、私24歳。

関節リウマチ 23歳にて宣告されました。
寝方が悪いだけ、足がむくんでるだけ、
まさか自分が病気になるなんて。
宣告された時は、こんな病気なんて知らずに。
もっと早く気づいてたらなにか違ったのかな。



すっかり仕事も休んでしまい、
軽く家事してる毎日。

手首はたまに痛くて、
朝のこわばりとか、
重い物は持てないとか、
ハンパない疲労感とか。

仕事休む前と
痛み具合は大差ないかもしれないけど、
毎日痛くない!!
ってゆことだけでも
ほんと体が楽で。涙


そして昨日は月に一度の
病院の日~((((((ノ゚⊿゚)ノ

いつも通り採血をすませ~
結果待つこと1時間。

「この間した注射、
してからどんだー?」
って言われて
「んー、あんまり…」
って答えて。

そしたら先生、
「そしたらきっと
炎症での痛みでない。
もう骨が破壊されてる
痛みなんじゃないか。」
って、
「そしたらもう
手術しかない。
固定して動かないように
してしまう手術。」
って言われて、
頭軽く混乱したけど。

”え、今も手首可動域ないから
同じなんじゃね?”
とか内心思っちゃったり。笑


「まー、でもちょーど
注射してからは
仕事も休んだんで、
それで痛くないのか、
痛くない時期はあったんですけど…」
ったら、
そしたら話は別だって。笑


この間の注射は
ステロイド?ケナコルト?
とか。笑

ヒアルロン酸だと思ってたら。
ごめんなさい、先生。笑
(今度からちゃんと先生に聞こう!)

それが効かないと、
生物学的製剤?に
手つけても意味がないとかなんとかで。


レントゲン写真、
再び見たけど、
今回ついてきた母
隣で泣く始末。笑

私の手首だよ、母!
泣きたいのはこっちだよ!!


そして先生、
ケナコルトが効いてたなら
生物学的製剤に手を伸ばそうと。



前回の病院後、
母に報告。

そしたら母は泣いて、数日後、
次の病院ついていく、
生物学的製剤やってみよう。って。

母子家庭で未婚の私は
やはり経済的に辛く、
諦めていました。

でも今回、母の協力で、
なんとかこの進行を
食い止めることができるのかな??




診断されたのは、今とは
別の病院で、去年の9月に
結果がはっきり出たことで
リウマチと診断されました。

その時処方されたのは
まだ若いからってことで、
アザルフィジンを処方され、
自宅から往復3時間かけて
通っていました。

少し遠いこともあり、
4月から紹介状を書いてもらい
今の近い総合病院に通っています。

3月、今の病院に入る前には
血液検査では
数値は全て正常値となり、
これでやっと普通になったー!
って思っていました。

4月、今の病院に変えて
県で1番の先生ですよー
って看護師さんが言っていて、
”数値は正常だから
あとは痛み取れたらなー”
って軽ーく考えていました。

4月からはリウマテックスに変わり、
事務職にも仕事を変え、
”これからまた普通に働ける♬”
と思っていました。


しかし、痛みは増して行く一方で、
7月、仕事を辞めざるおえなくなりました。


今回の仕事先の科長が
”手首が動かないなら
もしかして障害者手帳
申請出来るんじゃないか”
と。その時は
”いやいや、まさか。
たかが手首動かないぐらい”
って思っていました。


今回せっかく事務職に
つくことが出来たけど
辞めざるおえなくなって。
でも、また一歩、
自分の体にとって、とても心強い
身体障害者手帳4級として
申請することが出来、
人生に意味のないことはないんだなー
って、再確認。



昨日はちょーど退職日となり、
わざわざ科長係長に
荷物持ってこさせ、o(_ _*)o
ほんと申し訳なくて。

傷病手当も書いてもらい、
これからリウマチ生活の再スタート!


ちゃんと向き合って行こう。
そう思います。

まだまだ全然見えない
先の話だけど。
まだ見ぬ我が子、
当たり前に抱っこ出来るように。

赤ちゃん抱っこ出来るお母さん、
見ると本当悲しくなる。


来週、血液検査、
つ半測定?して、
生物学的製剤使っても大丈夫な体か、
検査してから治療開始


とりあえず、
これからもっとネットとか
たくさんの人のブログとか
いろいろ調べたり。

根本的に治したい!
ちゃんと向き合おう。


そのためには、あとなにを…?
とネットで調べる毎日。

薬飲んでたら治る、
と思ってたけど。

ほんと大間違い。

リウマテックスなら効く!
と思ってたんだけどなー。泣

 
私には支えてくれる人たちが
ほんとたくさん。
友達を始め、
隣で泣いてくれる人も多数。笑


だから頑張ろっっ( ¨̮  )