腰の圧迫骨折はもう回復して、家の中ではまあ
自由に歩けるようになったので(腰痛はあるけれど)
また外出などの欲がちょっと出てきました。
でも、もう運転しなくなって数年経ってしまったんですよね〜...
運転しなくなった元は、夜の透析帰りの不安からでした。
注意力とか、視力とか、なんか普段より劣る気がして。
運転は大好きだったんです。
もとは車酔いがひどくてドライブも常にパスだったので
20代後半に免許を取って(子連れで自動車学校に通った)
何時間でも運転できるようになった時は
大袈裟でなく、人生が変わった気がしましたよ。
でも右膝が不自由なので、運転できる車は1.2tまでという
限定付き免許だったんです。
最初に買った車は赤のカローラハードトップでした...
その後、ホンダの紺色のシビックカントリーに乗り換えて
(当時、相棒の車は黒の三菱デリカ)
休日は家族+友達とのアウトドアライフを満喫していたんですけど
そんな中、私の腎臓がいよいよ悲鳴を上げ始めましてね。
高校を卒業した年にもう、軽いけれど慢性化していると言われたので
一応気にはしていましたけど、気をつけることはなかったですね〜。。。
腎生研を受けたのは48歳の時でした。
気をつければ透析まで5年...?と言われ、
そこからすぐステロイド治療が始まったんです。
あの時のムーンフェイスはショックだったですねぇ...
鏡を見るのが辛かった!
でも、強く、「負けるもんか!」って思ったんです。
仕事はもちろん休まずに行った。
そしてもう一つ。免許の限定解除を思い立ったんです。
ちょっと大きめの車に乗りたかったし、
「負けない!」を形に表したかったし。
短期間ですけど自動車学校に通いましたよ、また。
今度は子連れではなかったけれどムーンフェイスで!
そして試験を受け直して、その後の免許証には
限定記載は「AT車」以外は無くなりました。
ふと思い出してこんなことを書いてみました。
自分の運転で(フェリーも利用したけれど)息子と
神奈川までも行ったことがありますよ。
遠い思い出。
あ、透析になったのは58歳の時です。
それからの遠出は出先での透析が条件になりました