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萩尾望都の諸作品のテーマと継承

萩尾望都の諸作品の解釈とテーマやモチーフの継承について、萩尾望都作品論。

「ポーの一族」新シリーズの「秘密の花園」編の連載が終わりましたので、「秘密の花園」の物語設定、構図についてまとめます。
 

読んでいない人にとってはネタバレとなります。



「秘密の花園」は、旧シリーズで登場したアーサー・クエントン卿が主人公です。

彼は、「ランプトンは語る」で、1888年から89年にかけて、エドガーをモデルにして絵画を描いた人物です。
1976年が舞台の「エディス」では、最後にジョン・オーディン卿の前に、一瞬ながら、まだ若い姿で現れたので、彼がバンパネラになったことが分かります。

「秘密の花園」は、彼がバンパネラになったいきさつの物語です。

アーサーのキャラクターは、過去の萩尾作品の登場人物と似た特徴を持っています。
また、「秘密の花園」は、シリーズ全体と共有する象徴性を持っています。

この物語は、新シリーズ全体の物語の流れからすると、重要な部分のようには思えません。
ただ、シリーズにおいて、また、アーサーのその後が描かれて、重要な役割を果たすかもしれません。

 


<アーサーの傷>

アーサーは、子供の頃の事故で、生涯消えない「傷」を顔に負いました。
そのため、長髪でそれを隠しています。

「傷」のせいで、子供の頃にいじめにあいました。
つまり、アーサーは「排斥された者」だったのです。

アーサーは、いじめられていた時に、自邸の庭師の子のドミニクが優しくしてくれて、彼と友人になりました。
ドミニクは、言葉を上手くしゃべれず、その意味でも、天使のような存在でした。

ですが、アーサーは、ドミニクを幼馴染のパトリシアに対する恋敵と考えて、彼を辱め、その後、ドミニクは14才で亡くなってしまいました。
萩尾作品で、少年が時を止める14歳です。

そのため、アーサーは、自分を、罪を負った、汚れた存在であると思っています。
つまり、「自己否定する者」になったのです。
そして、アーサーは自分のことを「鬼」と形容するようになりました。

アーサーにとってドミニクは、自分の失った無垢性、永遠の少年性の象徴です。


萩尾作品には、アーサーの「傷」のように、特別な身体的特徴を持ち、差別・排斥される登場人物が多くいます。
例えば、「トーマの心臓」の黒髪を持つユーリです。 

ユーリはもう一つ、「傷」を隠している人物という点で、アーサーの先行人物です。
この「傷」は、自分を罪人であると考えていこと、つまり、「自己否定」を象徴します。

また、アーサーは、友人を虐めて、死に追いやったという点では、「小鳥の巣」のロビンを殺したキリアンを継承しています。
キリアンは、その罪の意識から髪の毛を伸ばしたままにしていましたが、長髪という点でもアーサーと共通します。
また、彼は、移民であり「排斥された者」であるという点で、そして、母を失った者である点でもアーサーと共通します。


<母メリッサと秘密の花園>

アーサーの母のメリッサは、夫の浮気によって裏切られ、離婚し、自殺しました。
つまり、メリッサは、否定された者、「排斥された者」です。

母は子にとっては、同一視する存在、「本来的な自分」の象徴なので、アーサーも「排斥された者」、「自己否定する者」となります。

そして、メリッサは、アーサーにとっては、「内なる女性性」、「失われた本来性」の象徴です。

母を父に(結果的に)殺されたという点では、アーサーは「訪問者達」のオスカー、「X+Y」のタクト、「残酷な神が支配する」のイアンらを継承しています。


タイトルの「秘密の花園」は、クエントン邸の薔薇の咲く庭に由来します。
この薔薇の花園は、アーサーの祖母と母メリッサが作ったので、彼女達の象徴であり、女性性、母性、生命力の象徴でもあります。

「秘密」であるのは、メリッサが否定された存在であり、クエントン邸の庭の一画に彼女の墓があってここで眠っているからです。
クエントン邸では、使用人達が彼女の幽霊を見たと言っています。

ですから、「秘密の花園」とは、「排斥された母性」や「秘められた生命力」を象徴します。

アランも、クエントン邸の一画にある小屋の中で眠っていましたので、メリッサと同様の象徴性を持ちます。
彼は、後にトランクの中で炭のようになった眠ることになりますが、これも同様です。

シリーズで言えば、ポーの村の薔薇園の下で眠るフォンティーンも、同様です。

また、後で詳しく書きますが、パトリシアも似た象徴性を持ちます。
彼女は、アーサーの幼馴染で、互いに好きあっていたけれど、結婚できなかった女性であり、「排斥された者」です。

メリッサは、聖バルバラが好きでしたが、聖バルバラは、塔に閉じ込められていたので、やはり同様の象徴性を持ちます。

「秘密の花園」でコメントされる聖バルバラは、「バルバラ異界」の「バルバラ」の意味を明かします。
そして、「バルバラ異界」の眠る青葉も、同様の象徴性を持ちます。

さらに遡れば、「マージナル」の眠るキラの一人とも、「精霊シリーズ」のルトルとも似ています。


<天国の庭>

アーサー邸にラテン語教師として住んでいた修道士のブラザー・ガブリエルは、「天国の庭」を探して旅をしていました。
そして、メリッサのために「天国の庭」を探すと言いました。

「天国の庭」は、「秘密の花園」と反対の象徴性を持っています。

アーサーにとって、ドミニクやパトリシアと過ごした少年期のクエントン邸の庭は、「天国の庭」だったのでしょう。


<パトリシア>

アーサーは知らされていなかったのですが、パトリシアもアーサーを好いていて、結婚の話があったにもかかわらず、家の格の違いから、メリッサがこれに反対して断っていました。

パトリシアは、「排斥された者」であるメリッサに、「排斥」されたのです。

そして、パトリシアは、他の人と結婚した後、メリッサと同様に、夫に浮気されています。
彼女は、夫からも「排斥」されたのです。

彼女は「黒髪」ですが、先に書いたように「黒髪」は、「トーマの心臓」ではユーリが母から継承したもので、「排斥された者」を象徴しました。

また、パトリシアはアーサーに告白の手紙を描きましたが、それはアーサーのもとには届きませんでした。
アーサーも、パトリシアを好きであるにも関わらず、それを伝えませんでした。

このように、パトリシアは、何重にも否定され、「排斥」された女性です。


<代わり>

アーサーは画家でもあり、エドガーをモデルに絵を描きました。
「ランプトンは語る」によれば11枚の絵を残しています。
これらは、有名な絵画の模写と、その別ヴァージョンです。

その原画は、「ランプトンの肖像(赤い服の少年)」で、この絵は、ランプトン卿が亡くなった息子チャールズをモデルに画家トーマス・フロレンスに描かせた絵です。

かつて、アーサーの祖母の母のグレース夫人が、病死した息子チャールズの思い出(代わり)に、この絵を模写させました。

アーサーにとっては、絵の少年=エドガーは、ドミニクの思い出(代わり)です。
ドミニクは、先に書いたように、アーサーの失った無垢の少年性の象徴(代わり)です。

アーサーは、何度描いても、ドミニクの顔を思い出すことができず、描いた顔がエドガーの顔になってしまいます。
これは、自分の無垢の少年時代を取り戻せないことを表現しています。

アーサーにとって、エドガーがドミニクの代わりであることは、エドガーにとって、アランがメリーベルの代わりであることと同じです。

萩尾の過去作で言えば、例えば、「スター・レッド」のセイがエルグの失った母星の代わりであるのとも同じです。


<フォルテとダ・カーポ>

アーサーには、フォルテとダ・カーポという飼い犬がいました。

ダ・カーポは、エドガーらが屋敷に来た日に亡くなりました。

その後、目覚めたばかりのアランがフォルテを殺し、エドガーと共に屋敷を去りました。

アーサーは、エドガーらをエルフではないかと思っていて、憧れを抱いていました。
ですが、エドガーは、アーサー周辺の人間を何人も殺しました。

犬の死は、この悲劇の始まりと終わりを暗示しているのでしょう。


<アーサーの人生>

アーサーにとって、自分の人生は、悔いのある悲劇的なものでした。

父の浮気を憎み、ドミニクを裏切ったことを悔い、パトリシアに告白しかなったことを悔い、かつて恋仲だったピアノ教師のダイアナを殺したことを悔いていました。

先に書いたように、アーサーは、ドミニクを取り戻そうとして絵を描きましたが、彼の顔を思い出せませんでした。

物語の終盤に、いくつかの問題が進展し、一部で好転するものの、その決着は限界のあるものとなりました。

アーサーは、彼を看護していた女性が、父の浮気相手の娘だと知りました。
彼女もまた悩んでいたのですが、罪のない彼女に対する怒りを感じて、それに悩みます。


さらに、アーサーは、父のように、好きな女性であるパトリシアと向き合う勇気がなかったことを悔やみます。

また、アーサーは、ダイアナが自分の子をはらんだと思い、結婚をせがまれて、毒で腹の中の子を殺そうとして、誤ってダイアナも殺していました。
ですが、ダイアナがアーサーを騙して彼に接近したこと、アーサーの子ではなかったことを知ります。
それなら、彼女を殺すことはなかったと、アーサーは悔やみました。

また、アーサーは、かつてパトリシアが彼に告白した手紙を出したにもかかわらず、それが自分の手元に届かなかったことを知り、その運命を悔しがりました。
そして、パトリシアと対面して、互いに愛を告白し合うに至りますが、パトリシアには子供がいるので、結婚することはできそうにありませんでした。


<バンパネラ>

アーサーはエドガーがエルフだと信じていました。
そして、自分の人生の後悔や苦痛から逃れるために、エルフになりたいと思うようになりました。

一方、エドガーは、自分たちの後見人としてアーサーにバンパネラになって欲しいと考えました。

そして、アーサーは結核で死ぬ寸前に、バンパネラに加わることを決めました。

アーサーの人生は、後悔だけが残るものだったので、バンパネラになろうとしたのでしょう。
ですが、バンパネラになることそれ自体は、それらを解決することにはなりません。

物語は最後に、2000年に飛びます。
アーサーは、旧クエントン邸を管理者の市から借り受けて、庭にあった薔薇のアーチを再現しました。
ですが、これは解決ではなく、思い出です。

 

アーサーの人生とは、後悔や未練そのものです。

そして、彼がバンパネラになったことは、その永遠化です。

この後のシリーズの中で、アーサーのその後の姿、何かを成し遂げる姿が描かれるでしょうか?