Westwoodにある語学学校の初日、まずは、口答インタビューのテストを一人ずつ受けます。
名前やロサンゼルスにした理由や、そんなことを聞かれた覚えがあります
それによってどのレベルのクラスがあってるか分けられます
私は、、、
( ̄Д ̄;;
一番下! でした、、、
といってもほとんどの日本人留学生はまず一番下のクラスに配置されてますけど、、!
クラスにいってみると日本人の多さに驚いた ∑(゚Д゚)
一番下のクラス。90%は日本人。
ちょっとがっかりー 
あと、当時26歳だった私には回りの生徒の若さに驚きました
若い子で19歳。一番上の人で31歳。 平均22歳くらいだったと思います。
それでも、同じ時期に留学した仲間は歳も関係なく、みんなでとても楽しく
毎日をすごしました
学校がウエストウッドにあるので学校全体をみても
日本人が70%、スイス人20%、他10%といった感じでした。
そこで仲良くなったのがKちゃん、Rちゃん、とHちゃん。
Kちゃんは、食べた後に自分で指を突っ込み戻す病気でそれを直したくてアメリカに来ていました。
Rちゃんは日本に帰国していしまったけど今でも1年に1度くらいはこちらへ遊びに来てくれます。
Hちゃんは今でもベストフレンド。彼女もアメリカ人の彼と結婚しました。
当初、Rちゃんといつもランチをするときに
”これから英語しか話さないようにしようね”
と2人でルールを作ったりしてなるべく日本語で話さない環境に勤めた
二人ともまずは、一生懸命話すけどあまり通じなく、、、
そして、二人とも
話したいけど英語がうまくないから シーン として。
それが面白くて大笑いした覚えがあります
語学学校は今までのアメリカ生活で5校いったことあります
①LAのウエストウッドの語学学校 (遊び感覚ならいいけど英語は上手にならないかなぁ、、、)
②LAのUCLAエクステンションのESL (本当に英語を覚えたいならこの学校はいいです)
③ニューメキシコ州の大学の語学学校 (語学勉強なら一番よかった!日本人もほとんどいません)
④LAのKoreatownの安い語学学校 (ビザ目的で席を置いている学生ばかりで誰も学校にきません)
⑤カレッジのESL (大学へ行く人)
はじめの留学1年半は①と②の学校へ行きました。
その後、一年の日本生活を終えた後、ふたたびアメリカへ。
当時付き合っていた彼の理由でニューメキシコ州へ1年暮らしました。
ニューメキシコ州は本当に田舎だけど英語が本当に学びたいのならこういった田舎が一番
1年の滞在中にお会いした日本人の方は校内、校外合わせて20名にもいかなかったと思います。
ロサンゼルスのような大都会は日本の生活そのままを持ってきたくらい便利で
なんにも困ることがありません。
ニューメキシコでの生活を1年した後、またカリフォルニア州に戻ってきて
④の安い学校でTOEFLの勉強
(大学に留学生が入るために必要な英語テスト:必要とされるスコアは学校によって違う)
その後、必要なスコアをとった後、⑤のサンタモニカカレッジにようやく入校できました
アメリカ生活10年をして一番楽しかったなぁと今でも思うのが最初の1,2年。
何もわからないからいろんな間違いをしながら友達と助け合って生活になじんでいく。
お金も限られたお金しかないから今まででは考えられないようなことを考えます。
その当初、Rちゃんと私は韓国のスーパーで買うそうめんにはまってました。
というのも韓国そうめんは激安だからです:
Rちゃん: 今日もソーメン作ってきたよ。Emの車の中で食べてもいい??
Em: いつもありがとう!ソーメンはおいしくて安いから使えるよね、、、
Rちゃん: 、、、、。この食べたあとのソーメンのつけ汁。もったいなくない?
Em: だよね、、、、。 この汁もこのあと煮物か何かに使ってみる?
と無言で残った汁を見つめる2人。
ある日、ブルガリア出身のディムとビーチに行くと
彼が砂浜で何かを見つけて言いました。
”みてみて。すごくきれいー!”
そしてそれを私にくれた。
みてみるとそれは割れたガラスの破片でした。
ガラスの破片を見つけて美しいと太陽に当ててみている彼の姿をみて
すごく感動した。
普段、日本に住んでいたらちいさなガラスの破片のことを気にする人はいるのかな、、、
こんなささいな経験だけどいままで経験したことのないことをたくさん経験しながら吸収する。
それだけでも異国にきてよかったな。思える瞬間でした。
いよいよ次はアメリカのカレッジ生活がスタートです☆
つづく、、、