
帰天して4半世紀が経って、未発表の原稿が発見されたという。表題ともなっている「影に対して」がそれで、本著の巻頭70ページばかりを飾る。既発表の6作品を合わせての出版だが、副題にあるとおり、いずれも母をめぐる短編である。未発表の一作を本尊に、八部衆ならぬ六部衆に守護されているかの作りとなっている。それらを通じて、母の姿がデジャヴのように繰り返される。
「影に対して」には、少々の戸惑いを覚えた。著者の悪意にも似た不快が、父や妻など、家族に向けて放たれているように感じられたのだ。所詮はわたしの好みの問題なのだろうが、その不快が微かであるほどに胸に濁りが生じるように思えてならなかった。ところが、驚いたことに、7作を通して読んでいくに連れて、そうした濁りが薄れ、消えていったのだ。断じて、慣れではない。著者は、母をめぐる諸々の情念、思惟、感傷を、繰り返し繰り返し漉いていくことで、母をめぐりながらも母を越えて行ったのかも知れない。
