みなさん、こんばんは、ツボケンです!

18日ぐらいまで全国的に猛暑になるかも〜なんて、信じられない、いや信じたくなーいと、心の平穏が一気に傾いておりますが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

 

さてさて、火曜日は映画を観てきたのですが、その道すがらふとあることを忘れたのです。

それは、人気店の鰻屋さんの店名。

一度行ったことがあって、美味しかったなーという記憶はあるのですが、それがふと頭の中から消え失せたのです。

暑いから、土用の日は鰻だよね〜ぐらいのことを思い浮かべていたと思うのですが、急に記憶の倉庫から出てこなくなってしまいました。

こんな時は、いつもそのままその考え事自体を放置しちゃいます。

 

ところが今回はあることに考えが流れつき結びついていきました。

それは、外国語習得について。

今では、スマホなどで手軽にちょいちょいと学べるようですが、当時の私はとても旧型なやり方で地道に学んでいました。

書籍や新聞、雑誌などを読みながら、知らない単語や表現、あるいは言い回しなどを、例文を交えて、一つひとつ丁寧にノートにまとめていました。←この頃から忘れっぽかったみたいで。。。

ノートを見直せば、いつもつまずく単語がわかり、いつどこで調べたかもわかるようになります。←10回も調べてまとめた単語もありましたね🤣

忘れることを気にせず、とにかくノートに書き込みまくっていたように記憶しています。

 

そんなこんなで、自分が学んだ外国語の何十冊というノートが今も残っているわけです。

ちなみに、私は英語、韓国語、中国語以外に、スペイン語、フランス語、イタリア語、ポルトガル語、イタリア語を独学しましたが、残念なことに最初の三言語以外はものにはなりませんでしたね💦

 

このノートに書き残すという行為ですが、日本語だったら同じようにノートに丁寧にまとめていただろうかと、私は考えたのです。

母国語である日本語であれば、実生活の中で学び取り、使い、習慣とし身につけていくので、外国語のように積極的なノートの使い方はしなかっただろうと思います。

実際に、普段は気になった言葉を、後で調べるためにメモ帳や手帳にちょっと書いて置くぐらいです。←あくまで、ここでの話は言語の習得についてに限ります。

 

自分の知らなかった言葉を書き残したノートは、自分のコトバの歴史でもあり、可視化できる思い出の品々だなーと感じます。

もし、小説『舟を編む』のように日本語ノートを作っていたのなら、きっと今とは異なる日本語との向き合い方ができていたのではないかと振り返ります。←日本語採取なんて表現がありましたね、確か。

 

そうそう、先ほどの鰻屋さんの店名ですが、映画館に着くころには思い出すことができました。

山道さん、そうそう、思い出した。よかった、よかった。

なんとか思い出せたので、メモはせずにそのまま映画館の中へ。

 

こんな感じで、私の記憶は思い出しては忘れるを繰り返しているのです。

 

みなさん、今日もありがとうございました。

それでは。

 

        

                  薄み通り色の紫陽花