「カンター、シーク、大変だ」
どかどかと床を踏みならしてモスが二人のいる部屋に飛び込んできた。真っ赤な顔で息を切らしている。よっぽど全速力で走ってきたのだろう。
「どうした、モス」
「竜が、竜が出たんだ」
「竜だって?」
シークが頓狂な大声を上げる。カンターは突然頭に血が上るのを感じた。
「早く来てくれ。ゼストが見張っているんだ」
カンターは迷わず棚の中で震える剣を手に取った。思ったとおり柄の握りは手のひらに吸い付き、震えは嘘のようにぴたりと止んだ。重さも長さもカンターのためにあつらえたみたいだ。三人はモスを先頭に部屋の外に駈け出した。
「こっちだ」
モスが指差して走る方向はアランじいの家よりさらに登って、山の裏側に通じている。そんな所に部族の人間は住んでいない。するとゼストは竜のそばに一人でいるのか。危険だ。三人は膝まである緑の雑草をかき分けながら必死で走った。
「それにしても、戦士になったばかりで、竜が出てくるなんて、タイミング、良すぎないか」
シークがあえぎながら言った。わざわざ話しかけるのはシークがいつになく緊張し、不安を感じているからだろう。カンターはモスの背中に声をかけた。
「モス、竜は何匹いるんだ」
「わからん。俺が見たのは一匹だけだ。でも俺はすぐにお前たちを呼びに来たからな」
モスが速度を落とした。草原を抜けてまたゴツゴツした大岩が肌を見せていた。
「ここだ、あれ、ゼストがいたはずなのに。どうしたんだろう」
カンターとシークを振り向いてまた周囲を見回す。
「まさか」
モスの唇が震えていた。それはまだ少年の怯えた顔だった。
「しっ」
シークの低い声が飛んだ。シークはかがんでその姿勢のまま前に進んだ。岩の上にゆっくりと腹這いになる。左手を上から下に振って後の二人にも同じ格好をするように合図した。日に焼けた岩はかなり熱くなっていてカンターは肘と膝で身体を支えた。シークはどうやら岩の向こう、崖のように窪んだ草地に何かを見つけたらしい。追い付いて頭を寄せ合ったところでシークが指を突きだした。
「モス、あれだろ」
シークの指の先をたどったところに確かにそれはいた。
「あれが竜か」
薄黄色の皮膚、鳥を思わせる細長い頭にはめ込んだような真円の目、後ろ足で立ち上がったその肩の辺りに一組の突起がある。カンターは実際に竜を見るのは初めてだった。それは他の三人も同じ筈だ。ただ戦士たちの話や、描かれた戦いの絵の中に登場する恐ろしい竜と今見ている竜はどこか違う気がする。そう、大人たちがあれほど恐れる迫力が感じられない。
「おい、あの竜、小さくないか」
シークが拍子抜けしたように小声で言った。カンターと同じ感想を持ったようだ。竜の近くの木立と比較するとわかるがどう見てもカンターの胸くらいまでしかない。戦士になったばかりの若者たちが今まで聞かされていた竜は、大人が見上げるほどの大きさであるはずだ。
「子供なのかな。あんまり恐そうじゃないけど。モス、本当にあれだったのかい」
カンターとシークに疑い深げに見られてゼストは慌てたようだ。
「いや、もっと大きかったと思うんだけど。それに子供だって危なくないってことはないだろ。あっ」
竜がゆっくりとカンターたちのいる方向に歩きだしている。同時に三人の下の方から誰かの呻き声が聞こえた。カンターはすぐに腹ばいのまま前に進んで、岩の切れ目から下を覗き込んだ。
「ゼスト、そこか」
崖の下の窪みに尻餅をついて座ったまま竜に向かって剣を構えているゼストがいた。竜が上から見下ろす三人に気がついたのか威嚇するように鋭く尖った牙を見せた。モスの言うとおりかも知れない。あの牙で噛まれたら子供の竜だろうが大変な怪我になる。
「カンター」
安堵と緊張の入り交じった顔で見上げるゼストの視線を振り払い、カンターは近くの石を拾って思い切り竜に向かって投げつけた。シークとモスは左手のかろうじて降りられそうな岩場を転びそうになりながら駈け降りている。カンターはアランじいの倉庫から失敬してきた剣を右手に構えて、岩の上に立ち上がった。腕が震える。震えるほど恐いのか。自問したカンターは一旦止んだ筈の剣の震えが戻っていることに気が付いた。
もしも竜が次に一歩でもゼストに近寄ったら今度はこの剣を投げるか、思い切って竜とゼストの間に飛び降りるつもりだった。しかし竜は石に驚いたのか後ずさりし、シークとモスが殺到するのを見て慌てたように黄色い背を見せて逃げ始めた。