ようこそいらっしゃいました!
Mayと申します。
これは、私個人のこれを書いていくにあたっての「経緯」であって、
「本編」とは直接関係ないので、興味がない人はスルーしちゃってください。
長いし。(笑)
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中学生の頃まで、戦争は遠い昔の話だと思っていました。
自分のまわりに戦場がなかっただけなのだと気がついたとき、どうして人は戦争をするんだろうと思いました。
あるTV番組で戦場の「ひどさ」を見たとき、なぜ争うのかと悲しくなりました。
でも、次の瞬間、その私が見ていたTV番組を弟にリモコンでスポーツ番組にかえられてしまい、弟と喧嘩していた自分がいました。
こんなTV番組ひとつでも争ってしまうのだから、もっと大事なものをめぐっている人たちが争そうのは仕方がないのか?
他に方法はないのか?
戦争、貧困、飢えで苦しんでいる人は世界にこんなにいるのか。
国連は?
国際法は?
知れば知るほど疑問はどんどん膨らんでいき、
10代だった私の中枢を占めました。
~ヨーロッパには「平和学」という学問が学べるところがある。~
それを知ったとき、私はどうしてもそこで学びたいと思った。
批判する人もいました。いや、批判はむしろ私の心の声の一部でした。
「福祉問題を始め、我が国日本は戦場ではないだけで問題が山済みだ。
それなのに、その問題についてはしっかり考えず、そんな遠くをみて、そんなのは自己満足だ。」
「高いお金をかけてそんなものを学んでも、学者や物書きになる以外に食べてける道などはないだろう。
夢ばかり見るな」
それでも、疑問が増えていく私は、それを学ぶことをずっとずっと追いかけ続けていた私は
進まなければ気がすまなかった。
どうしても一度平和について学術的に学ばなければ、先に進めない自分がいたのだ。
そうやって突き進んでそして気がついたら、
数年前、ついに英国Bradford大学大学院で、平和学のマスター(修士号)をいただきました。
学べば学ぶほど、知りたいこと、わからないことは増えたけれど、
方法論を学んだ私は、物事の捉え方、学び方に昔ほど途方にくれることはなくなった。
ただ、現在の世界は未だ何をするにしても「自分の国ありき」な場合が多いのだとも学んだ。
海外に行くとき、必ず携帯するパスポートだって様々な意味で日本人だと証明するものなのだ。
国連だって、(確かに国連職員は国際公務員として国を超えた特権・免除が付与される場合があるが)
中心は各国であって、日本は「日本」として参加している。
修士号を取った後、一度日本で地に足をつけて働き、
自分のことを慈しみ育ててくれた日本のことをもっと知りたいと思った。
これからどんな活動をするにしてもそれからだと思った。
思うところがあって、まったく別の職種に就いた。
志は変わらない。多分、これは性格的なものだと思うが。
でも、気がついたら、仕事ectの忙しさにかまけて、
せっかく学んだ平和学の内容をどんどん忘れている自分がいた。
留学中に書いた過去のブログをみてびっくりした。
綿密に書かれていた自分のブログの内容は、まるで別人が書いたかのように初めて見るように感じた。
自分が当たり前のように説明している人物の名前が思い出せない。
そんな歴史的出来事があったのかと驚いている自分がいる。
どんどん忘れている自分と反比例して、平和学について知りたいといってくれる著名な人に出会う機会が増えた。
にもかかわらず、これでは平和学を学びましたなんて、恥ずかしくて言えない。
私は、平和学を学んで本当によかったと思っている。
これは今後の世界に必要な新しい学問だと思う。
多分多くの人が思っている「平和」とは少し概念が異なる。
そんな学問を中途半端な私が語ることで、こんなものかとか思われるのは、嫌だし怖い。
だから、一から学びなおすことにした。
過去のノートを開こう。
そして過去のブログを思い返そう。
忙しさにかまけてこの気持ちを忘れてはいけないからブログで公開しよう。
時には、英語のソースしかない文献を紹介しよう。
長くなりましたが、概ねこのような経緯でここにいたったわけです。
ぜひ一緒に学び、意見をいただけるとうれしく思います。
今後とも、宜しくお願いいたします。
May