いま、夏休みの家庭科の宿題で、温暖化に対する家庭生活での取組みと、その効果についてレポートを書いています。
そこで、興味深い動画を見つけたので掲載しておきます。
東京大学の渡辺正先生が、地球温暖化懐疑論を述べています。
ますますわからなくなってきますね...。
今日で中学生として書くのは最後になります。
このブログのタイトル
「中学生が考える本当の『地球温暖化』」
を変えなければならないことに今更気付きました。。
そこで、必死に考えた結果、新しいブログ名が決まりました!!
発表しますっ!!!
じゃかじゃかじゃかじゃか.......
じゃんっ!!!!
「高校生が“今”伝えたい、本当の『環境』のこと」
です!!
社会に出たらじゃ遅い、1年後でも明日でも遅い、「今」伝えるからこそ意味があることが、地球環境のことにはたくさんあります。
その点をアピールして、ぜひ「明日ではなく、今」考えて欲しい、という願いを込めてつけました。
みなさんにも、このブログを通して、地球環境の「本当のこと」を知ったり、考えたり、調べてみるきっかけにしてもらえたらうれしいです。
これからも、どうかよろしくお願いします/-。-)ペコリ
タイトルに「Part.1」と書いたとおり、今日からは、ちょっと続き物に挑戦してみます!
できることからはじめよう!という、身近な温暖化対策といわれるものを検証してみます。
今回は「レジ袋削減」というテーマで。
最近、たくさんの人がマイバッグとかエコバッグとかいう自分専用の買い物袋を持つ人が増えてきましたね。
環境に関心を持つきっかけになって、いいことだなぁ...。
なんて思っていたら、どうもそうでもないみたい!?
ポリ袋の場合、ポリエチレンの原料であるエチレン は、日本で製造されるもののほとんどが石油精製 によってできるナフサ である。
石油精製の際にナフサだけ精製しないといったことはあまりできず、レジ袋を削減してナフサの製造量を削減する効果はあまり望まれない。
効率の良い環境保護を考えた場合、レジ袋だけではなく、石油製品全体を削減する必要があると指摘されている。
とのこと。
以前紹介した
うむ。確かに石油製品をいくら生産を抑えても、石油を減産しなければ、結局どっかで使われることになる、というのは納得できる。
レジ袋だけの削減では、意味が無いのかも。。
石油製品全体の見直し、つまりペットボトルのリサイクルからリユースへの転換(これについてはあとで詳しく記事に書きます)や、新エネルギーへの転換などといったことを進め、石油を掘らなくていいようにする必要があるわけだ。
3年の環境の授業で、理科の先生も言っていた。
二酸化炭素の削減をするためには、結局地下資源・化石燃料をこれ以上掘らないことしかない。
と。
北極海に油田が見つかったことで、各国が権益を争っているという。
日本は、レジ袋のことだけ言っていないで、いっそのこと石油製品の抜本的な見直しを宣言して、そんな油田の開発に待ったをかける主張をしてはどうだろうか。
さて、受験勉強というものはたくさんの本に触れるいい機会となりました。
国語の参考書で出会ったり、気分転換用の本で出会ったり。
特に説明的な文章では、環境に関する文章がたくさんでてきます。
そのなかで、ひとつ気になったものがあるので紹介しましょう。

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ことわざの生態学―森・人・環境考 (丸善ブックス)/只木 良也
という本です。
これは、言葉を重んじて環境について考えるという、とても変わった楽しい本です。
文系の方も、理系の方も読んでいただけるような本だと思います。
この本の中に、「情けは人の為ならず」という節があります。
「情けは人の為ならず」は、「情けをかけることは人のためだけではなく、いずれ自分にも報いがくるものだ」という意味ですが、
近年はこれを「情けは人の為にならない。自立を妨げるからやめるべきだ」と誤解している人が増えているといいます。
これに似たところで、最近よく耳にするようになった「地球にやさしい○○」という表現が、しっくりこないというのが、この筆者の意見です。
筆者によれば、「やさしい」とは、ふつう目上の人に対しては使わない言葉だといいます。
たしかに、「上司にやさしい部下」とか、「学校では先生にやさしくしなさい」とか言いませんよね。
だから、「地球にやさしい」とは、地球を目下に見ている感があるというのです。
そう考えると、これは人間の傲慢ですね。
地球あって、数々の生命が育まれて、そこにわれわれ人間が住まっているのです。
地球が人間の下にある訳がありませんね。
いま地球温暖化が急速に進行していて、対策が急がれています。
しかし、それはあくまで「地球のため」ではなく、「人間のため」なのです。
世界には地球が温暖化したほうが住み良い生物がたくさんいます。
たとえば、人間にとっては害虫といわれる蚊だったり、熱帯性の植物だったり。
温暖化すれば、野菜も米も、もっと北の地域でも育つようになるでしょう。
ただ、人間にとっては、猛暑は耐え難いものだし、伝染病もはやってくる、と温暖化はあまり歓迎できるものではない、というのが大半の見方です。
ある学者の方の書いた本に、このような文がありました。
「美しい地球を守ろう、というのは人間のおごりだ。地球がどんなに温暖化して、人間が絶滅しても、地球は美しく輝き続けていることだろう。」
つまり、地球をまもろう、地球が病んでいる、などと騒いでいますが、これは結局、人間の都合で判断しているわけです。
地球環境保全とは、人間や一部の生物を守るための活動であって、地球を守るなどという傲慢なことをいうことはできないのだ、ということを肝に銘じなくてはいけませんね。
もしすべての生物を救いたいなら、ほかの星に移住させるほかないでしょうから。
さて、みなさんは「地球にやさしい」という言葉をどう感じましたか?
まあ、「お年寄りに優しく」もだめになっちゃうのか・・・。
日本語の変遷として許容すべきでしょうか?
ご意見どうぞ。。