毎日、朝目覚めると同時の、冷気。

真冬とは比べものにならないまでも、いつまでも来ない春。

やっとやっと、感じられるようになった日差しも、風の冷たさにかき消される。


しかし、どんなに遅い春でも待てば、いずれは暖かくなるだろう。

待っても待っても好転しない状況は、もういかんともしがたいものなのだろうか。

報道される内容に自分なりに反発してみたとしても、その声は届かない。

震災という被害、原発メルトダウンという問題から、目を逸らしても仕方ない。


この状況の中、この状況と共に、歩き出すしか無い筈。

新しい技術もクリーンな技術も必要だろう。

しかしここを選択した以上は、この事実の上に生活がある。


それ以上でも以下でもない筈なのだ。

その現状に蓋をしているような流れでは、現状を打破することは出来ないだろう。

震災やメルトダウンというのは、何かを行うための手段にはならない。

現状を好転させるためには、まず自分がどこに足をつけて生きているのか。

その確認が必要なのだろうと思う。



放心状態。
焦燥感。
有意義な瞬間など一つもなかった。
のだと。
何一つ、前向きに考えることなど、出来なかったのだと。



明日をどう迎えたらいいのか、そんな事さえ分からなかったのだ。
あれから、一年。
今もあの時の私と変わらずに放心状態になっている方々は、
きっとまだまだ多いのだろう。


震災はあの時から、変わらず続いている。
嘆きや悲しみがなくなるまで、きっと。
人よりも高みに登りたいのか。

他者より少しでも上でいたいと、そう思うのが常識なのか。

競争社会に意義を唱える気はない。


将来に不安が持てない。
責任が取れない。
だから、前へと進めない・・・と言う意見の若者が多いと聞く。

私たちや前世代の先輩たちが築き上げてきた、
色々な制度や学習を身につけた筈の現代の若者たち。


人より高みに登り、安定した生活を得る事を最善としてきた。

本当にそれで良かったのだろうか。

他に道は無かったのだろうか。


歪が生まれている。歪みが止まらないように思う。
価値観を変える必要性があるのではないだろうか。

生きる上で必要なこと。
必要でないこと。