彼女をご記憶だろうか。
当時はまだ市民権を確立していなかった。
それが、「グラビア・アイドル」である。
その草分的存在、それが「可愛かずみ」だ。
エッチ系ロリフェイスに完璧ボデイ、ブレイクするのに時間はかからなかった。
当然、たちの悪い蛾どもが吸い寄せられる。
親しい友人に『男は、私の身体にしか興味がないみたい』とこぼしていた。
当時、「可愛かずみ」と熱愛報道が流れた"悪性の蛾"の芸能人を列挙しておく。
柳葉敏郎、明石家さんま、志村けん、田代まさしたちだ。
彼らのなかに、彼女をグラドルではなく、"一人の人間"としてみてくれた人物はいなかったのだろうか。
さらに、もう一人、彼女が真剣に愛を捧げた野球選手がいる。
ヤクルト・スワローズの「川崎憲次郎選手」であった。
だが、野球選手との恋が成就することはなかった。。
恋に破れて、絶望した彼女は、川崎選手のマンションから投身自殺をした。
しかし、謎が残った。
彼女は、自殺の2ケ月後には、別の実業家の男性と結婚する予定だったという。
可愛かずみは、新生活への憧れよりも、自分を追い詰めた"性悪の蛾ども”を許すことが出来なかった。
身を躍らせたとき、新約聖書の一句が彼女の心に兆したのだ。
『復讐するは、私にあり。。』
可愛かずみ、本名久我知子さん。
彼女は、高校在学中にスカウトされ芸能界デビューした。
1958年人気番組「オレたちひょうきん族」に出演する。
そして、彼女は愛くるしい憂いを含んだセクシー系女優として大ブレイクした。
それこそ、地獄への入り口が空いたのだった。
可愛かずみは、精神不安定のために「抗うつ剤」を医師から処方されていた。
当時の報道は過熱化し、破局が原因とか、妊娠していたのでは、という憶測記事も乱舞する始末であった。
可愛かずみ、1997年5月9日享年32、投身による頭蓋骨骨折。
彼女を絶望へと追いやった理由は永遠の謎である。