保育園の時は必ずあゆのための先生がついてくれ、
月1リハビリも連れて行き、就学前にリハビリは終了。

保育園も無事卒園。


現在、小2になったあゆ。

1年生の頃は、はじめての学校生活に母子ともに慣れず、授業中に友達と学校を抜け出して逃走したことがありました。

たまたま保護者さんが見かけてくれ学校まで連れ戻してくれたものの、あのまま見つからなければどうなっていたのか。。


不注意、多動、衝動性の混合型のあゆは、
登校班で友達と一緒に自分の足でトラブルなく登校できるような子ではなかったので、
毎日私が学校まで車で送り、1年生の間は、あゆに
1人で行けないからついてきて。とゆわれ、

小さな妹を抱っこしながら2階の教室まで送っていました。

そんな中、ある朝、ベランダに洗濯を干しているわずかな間に

あゆの姿が家になくランドセルもありませんでした。

1人で道も分からないのに勝手に学校に向かったことに気付き、慌ててパジャマのまま妹を抱きかかえ
下に降りて、

あゆー!あゆー!どこー!と叫びましたが

姿はなく泣きながらすぐに110番。

発達障害の子供が目を離した隙に家から出て行ってしまい助けてください!!と。

警察が

何歳ですか?
お名前は?
男の子ですか?女の子ですか?
住所はどこですか?
何時のことですか?

と質問に答えている間に

こんなことやりとりしてる間に車に跳ねられていたらどうしよう。と焦りが募り

いつ向かってくれますか?私も動きたいです!

とお願いしましたが

お母さんは、家から動かないで今警察が探しますとの回答で

怖くて怖くて不安だった時に

あゆの通っていた保育園から着信が。。

出ると、

あゆくんが歩いているのを先生が出勤途中にたまたま見つけて今ここにいるから迎えにきてあげてください。とのことでした。

急いで向かい、あゆを見た時に

心配したやんか!二度と勝手に1人で出ないで!と大泣きしながら抱きしめたことは、今でも忘れません。







色んな友達とのトラブルも数えきれず、

相手の親に頭を下げるのは当たり前にありました。


支援学級の中だけども、一番勉強が遅れていて
ひらがなは、1年生の間には覚えれませんでした。
数字も5までが限界。



薬を服用しだしたのも1年生になってからで
漢方薬からのスタートでしたが

もちろん効くはずもなく、すぐにエビリファイに変わりましたが
これまた変化なく、

コンサータを服用した3日間は、チックや食欲不振が続き、不眠はずっと続き、朝は起きれない、毎日遅刻。夜は23時までひたすら動き喋り続ける。

どんなに体を動かしてもピークを超えると逆にハイになり、寝れない。

かといって、運動量がなければエネルギーがありあまりすぎ、寝れない。

あゆの頭と体は、寝ている時以外は、ずっと多動。


そのうちコンサータも効かなくなり、
服用量を上げてもらうも多動だけではなく、落ち着きもないのでリスパダールと兼用。

あれこれ4ヶ月色々試し、今の組み合わせに落ち着いています。


はじめの頃は、夕方になると、あ。今薬切れた。と見てわかるくらいの違いがありましたが

途中から、いつしか、ほんまに飲んだ?と疑うようなくらい変化ない時も多々あるようになりました。



1年生の間は、半分以上学校の登校時間には間に合わず遅刻は当たり前でした。


私の中で地獄だった1年生のあの1年間。