【おおみ劇団】(座長・おおみ悠)〈平成24年4月公演・茨城・なか健康センター〉
この劇団には、花形・水希咲哉という役者が居る。彼は、元「春大吉」という芸名で、「鹿島順一劇団」の舞台を踏んでいた。妻女のおおみ美梨、愛娘・陽菜がこの劇団に居るので、今から1年余り前に移籍したらしい。当時、私は「役者点描・さらば大吉、グッドラック!」 という駄文を綴たが、新しい世界に羽ばたいた「春大吉」が「水希咲哉」と改名し、どのような舞台を務めているか、興味津々の心持ちで来場した次第である。芝居の外題は「お夏清十郎」。大店の手代・清十郎に座長・おおみ悠、大店の娘・お夏におおみ美梨、お夏の母に大川町子、清十郎の前歴(盗人)を知る悪友におおみ達磨、岡っ引きの親分に三花れい・・・、お目当ての水希咲哉は、お夏に横恋慕する大店の老番頭役という配役であった。楽屋内の夫(水希咲哉)が妻(おおみ美梨)に「お嬢様、私のことをどう思っているんですか」「なーんとも思っていないわよ」「そんなはずはない、好きなんでしょ!」「フン、あんたなんか大嫌い!」と、思い切り振られ、なおも追い回す夫の追撃をスタスタ・ヒラリヒラリと「袖にする」風情が、何とも魅力的であった。だがしかし、見どころはそのへんまで・・・、芝居全体の景色は「単調」で「月並み」な出来映えであった、と私は思う。もともと、姉妹で恋人同士の「絡み」(心情)を描出するのは「至難の業」、清十郎、お夏の舞台姿は「それなりに」艶やかであったが、それ以上の(「悲恋」「狂乱」という)眼目は感じられない。加えて、三枚目の老番頭役を(懸命に)演じた夫の水希咲哉もまた、かつての名優「春大吉」の面影は今いずこ?(タカラズカ女優連中を相手に空回り)といった按配で、期待はずれの結果に終わった。それぞれの役者が(相手との呼吸を無視して)「単独で」見せ場を作ろうとしても、感動は生じない。水希咲哉にとっては、文字通り「役不足」(宝の持ち腐れ)、義姉、義母、義弟、大舅、大姑らに囲まれて、いわば「マスオさん」状態か・・・、などと身勝手な思いを募らせたのであった。とはいえ、愛妻、愛娘との舞台生活に「何の異存」もあろうはずはなく、「他人のおせっかい」と言うものであろう。いずれにせよ、もはや「春大吉」という役者は存在しないのだ、と自分に言い聞かせつつ、帰路に就いた次第である。
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「かしま会」ホームページの「お知らせ」に以下の記事が載った。〈〔甲斐文太〕【告知します】去年は蛇々丸、今年は大吉が辞めました。まあ何が有ろうと、三代目座長襲名して、まだ一年にも満たぬ半年目ですが、残ったみんなで頑張ります。どうぞ応援宜しくお願い申し上げます〉(2011.1.4)。また、春大吉の妻女・おおみ美梨も自身のブログで以下のように述べている。〈私の旦那 春大吉は今日で鹿島劇団を退団いたしました。本人の希望としては6月いっぱいまではと志願したそうですが、結果今日までとなりました。この先、色々あると思いますが、頑張っていきますので、よろしくお願いします。また何かありましたらご報告させていただきます〉(2011.1.4)。劇団にとって役者の離合集散は日常茶飯事だが、それにしても、今さらながら「怨みますまいこの世のことは、仕掛け花火に似た命、燃えて散る間に舞台が変わる、まして女はなおさらに 意地も人情も浮世にゃ勝てぬ みんなはかない水の泡沫 泣いちゃならぬと言いつつ泣いて 月に崩れる影法師」(「明治一代女」・作詞・藤田まさと)という謳い文句が、実感としてしみじみと想起される出来事であった。「鹿島順一劇団」を見聞以来足かけ4年、当初、私は春大吉について以下のように寸評した。〈・春大吉:「源太時雨」は熱演。「セリフ回し」では、声量を「調節」することが肝要。ワイヤレスマイクを通してスピーカーから出る自分の声を「聞く」余裕が欲しい。「身のこなし」ひとつで「心」は表現できる。立ち位置、姿勢、目線の使い方など、座長の「技」を盗んで欲しい。「ボケ」から「つっこみ」への瞬時の「変化」、「静」と「動」の使い分けに期待する。「女形舞踊」は魅力的、自信を持ってよい〉。今、それらの課題を一つ一つ克服、見事な成長を遂げた「舞台姿」をもう観ることができないのか・・・。「命の架け橋」の主役・重罪人、「源太時雨」の主役・時雨の源太は言うに及ばず、「悲恋夫婦橋」、「浜松情話」「アヒルの子」の女形、「新月桂川」「里恋峠」「木曽節三度笠」の敵役、「心模様」の老け役、「人生花舞台」の花形役等々、数え上げればきりがない。舞踊でも個人では中性的な風情を通し続け、また組舞踊では「忠臣蔵」の浅野内匠頭、杉野十兵次、「人生劇場」の宮川、三代目座長とのコミカルな女形相舞踊等々、私の脳裏にはしっかりと焼き付いている。それもこれも、責任者・甲斐文太並びに名女優・春日舞子の薫陶の賜物であることは間違いあるまい。さて、「この先、色々ある」かどうか、これまでに培った「宝物」を糧にして、大きく羽ばたいてもらいたい。さらば、大吉!、グッド・ラック!!(201 1.1.6) にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
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斯界(大衆演劇界)の名優・<a href="http://79.xmbs.jp/jajamal/ " target="_blank" title="蛇々丸">蛇々丸</a>は、今頃どうしているだろうか。私が彼の舞台姿を初めて観たのは、平成19年11月、みのりの湯柏健康センターであった。「鹿島順一劇団」公演で、芝居の演目は、「会津の小鉄」。前景は小鉄の女房が自刃、「私の首を手土産に、男を立てておくんなさい」という切ない愁嘆場の景色で終わった。それとは打って変わって「つなぎ」の明るい場面に登場。京都で一稼ぎしようとやって来た素浪人・宮本ムサクルシという役柄であった。当日は、なぜか客と劇団の呼吸がかみ合わず、全体的に盛り上がりに欠けた出来栄えであったが、春日舞子と蛇々丸の演技は光っていた。舞子は小鉄の女房役、「目を開けたまま」盲目の風情を醸し出す、健気な女性像を見事に描出する。一方の蛇々丸は、腹を空かせた貧乏侍、薄汚れた衣装ながら、色欲だけは人一倍旺盛とみえて、通りかかった年頃の娘(実は、小鉄の仇敵・名張屋新蔵の愛娘・三代目鹿島虎順)に「まとわりつく」といった(損な)役柄であったが、「表情・仕種だけで笑いを誘う」姿が、彼の「実力」を十分に窺わせていた。以来、3年、私が「鹿島順一劇団」の舞台を観続ける羽目になったのは、蛇々丸の「存在感」あふれる、個性的な艶姿に惹かれたことも、その大きな要因の一つだといえる。芝居「忠治御用旅」の十手持ち、「大江戸裏話・三人芝居」の老爺、「あひるの子」の間借り人役では、斯界きっての実力者・二代目鹿島順一(現・甲斐文太)と五分に渡り合い、「一羽の鴉」「心もよう」「新月桂川」では主役・準主役、「源太しぐれ」「月とすっぽん」「人生花舞台」「噂の女」「紺屋高尾」「命の架け橋」では敵役、脇役、汚れ役、ちょい役等々、彼の十八番を数え上げればきりがない。中でも、天下一品、「蛇々丸でなければならない」のは、「春木の女」に登場する、京都大店の若旦那、いわゆる「つっころばし」の舞台姿であった、と私は思う。「つっころばし」とは「歌舞伎の二枚目の役柄の一。年若で突けば転がるような柔弱な男の役」(「スーパー大辞林」)の意。大店の次男坊として嫁取りの段になり、周りから「どうする、どうする!」と責め立てられてノイローゼ気味、気分転換に「釣り」でもと、春木の海にやってきた。息も絶え絶えな風情は、文字通り「つっころばし」で、その色香、滑稽さは「群を抜いて」いた。対照的なのが、漁師(没落した網元)の娘・おさき(春日舞子)、男勝りの気性で「可憐な」風情とは無縁だが、心底には、朴訥とした「親孝行」の温かさが流れている。加えて、その義母(甲斐文太)、義父(梅の枝健)、義妹(三代目鹿島順一)、若旦那の兄(花道あきら)らの、清々しい「人情模様」に彩られて、二人(若旦那とおさき)の愛が成就するという按配であった。それゆえ、蛇々丸の「つっころばし」は、舞子、文太、健、順一、あきら、といった他の役者連の中(チームワーク)でこそ「輝く」代物であったことは言うまでもない。蛇々丸自身、「演劇グラフ」(2007年10月号)のインタビュー記事で以下のように述べている。〈僕は「近江飛龍劇団」の魅せる、インパクトのある芝居、そして、「鹿島順一劇団」のジワジワと心にしみてきて最後に盛り上げる芝居から、両方の劇団のいいところを吸収できたと思いますね。役者をやる上で、本当にいい環境ですよね。いい経験をさせてもらったと思います。(略)僕は職人肌なので、舞台に立っているかぎりは、できるかぎりの事をしたい〉。記事の副題には「舞台では職人でありた」という言葉も添えられていた。多くの役者が名字(屋号)を持っており、本来なら「近江蛇々丸」とでも名乗るところだろうが、芸名は、あくまで(子役もどきの)「蛇々丸」(その由来・彼の干支は巳)でしかない。おそらく彼のモットーは、親分無しの子分なし、「一匹狼」の「職人芸」を極めることなのだろう。それが直截に具現されるのが個人舞踊。定番の「こころ」(唄・五木ひろし)は「立ち役舞踊」の名品、長丁場の「<a href="http://www.youtube.com/watch?v=dNZmGXlpz0k " target="_blank" title="安宅の松風">安宅の松風</a>」(唄・三波春夫)は、弁慶・富樫・義経を踊り分ける「至芸の逸品」として、私の胸中・脳裏から離れない。文字通り「職人芸」の極め付きだと、私は確信している。さて、蛇々丸は、平成22年に「鹿島順一劇団」を退き、「浪花劇団」(座長・近江新之介、蛇々丸の実弟)に移ってしまった。はたして、今、どのような舞台姿を見せているだろうか。気がかりなことではある。(2011.1.31)
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