◼️10時40分

車椅子でオペ室に行く。

ここがもうなんてゆーか、みたこともない光景が

広がる。ギラギラしてる倉庫みたいで

オペ室が10庫くらい集まっている。

あらゆる部屋から心電図な音?ピコピコ音が

聞こえてきたりモニターが沢山あって

今日のオペ室状況であったり

何歳の患者で、主治医が誰で、オペ監?が誰で

みたいな表がまとめられてたりする。


助産師さんが、オペで使う荷物をもって?

引き継ぎをしてくれる。


◼️10時50分くらい入室

麻酔科の医者やら、オペに参加してくれる

医者達が順に挨拶に来てくれる。

初めて会うしまぢ頼むよって感じ。

なんか体験したことのない空間

天井高く、あらゆるモニターからピコピコ音が

聞こえてきて、明かりが強く渋谷みたいなネオンで、徳永英明メドレーがなぜか流れている。

そこにポツンと手術台。こんなオペ室は

広いのにベッド狭って感じだ。


◼️11時くらい?

オペ台に座らされる。

麻酔を打つ準備だ。

硬膜外麻酔と脊髄麻酔どちらも打つので

左手に点滴を入れられる。


とうとう始まるのだ。

まぢ震える。

でも室内は30℃と書いてあったから温かい。

背中をCの字にして、押さえつけられる。

ここが最大の痛みらしいが、まぁとりあえず痛い。でもすぐ終わったけど、怖くて涙が出た。


入れたらすぐ、麻酔は効いてきたようで

あらゆる人がコックピットに集まってきて

私の体を動かしたり、麻酔は効いてるか?とか

確認が始まる。


ここでだ!

「ねぇ、自己血はどこにあるの?」

「え、もってきてない?」みたいな話が聞こえてきた。「おい、まぢふざげんな!」とおもってまぢで

不安になる。麻酔も聞いてるのに、自己血を

急いでどこからか持ってくるらしい!

絶対時間かかるだろ!

誰のミスだよ!と思う。

自己血は、誰の責任範疇なのかフワフワして

そうだった。インシデントにつながると思う。


◼️11時すぎくらい?自己血が到着

あれよあれよと手術が始まる

なんか本当に麻酔が聞いてるのか

斬られた瞬間痛かったらどうすんの?とか思いながら、怖くてとりあえず無を感じていようとおもう。

目を瞑って、時が来るのを待っていようみたいな。


1つ、ビックリすることが。

天井を向いてるわけだが、

オペ下の灯のところに、切られてるお腹が

がっつり反射して写ってるのだ!!

見ようと思ったら切られるのも、血も、全てが見えてしまう。これはいいの?という感覚。

怖いしトラウマになりそうだったから

違うところを見ていた。


感覚としては、引っ張られたり押されたり

医者が2人で話していたりするのが聞こえる。

それがとても怖い😱

何が起こってるのかわからないから

ひたすらこわばって緊張していた気がする。

まず、動いてはいけないところに、じっとしているだけで不快感。恐怖を感じる。


◼️11時26分 ベビー誕生

切られはじめて20分くらい?噂より長く感じだが

まだ赤ちゃん産まれないのかな?長いな?

なんかあったのかな?とずっと思いながら

赤ちゃん出まーすくらいの掛け声で、

赤ちゃんが誕生。その前に押されたりしたから、

赤ちゃん出すモードなのかな?と思いつつ。


赤ちゃんは、左から見れます〜と言われ

産声とともに泣いてる赤ちゃんをひとめみれた。

あー無事に産まれたのかよかった😭

と思ったのと、産声がとっても元気で

天井が高いコンサートホール見たいなオペ室の中で高らかにそれはもう高らかに大きく

歌っていたのだ。

その産声を聞いて、

とってもとっても安心したし

涙が溢れた。共有する人はいないが。


とともに、徳永英明のメドレーが

「時の流れにみをまかせ」だった。

それも染みて涙が溢れてしまった。


◼️11時27分?胎盤誕生

なんと私を困らせていた胎盤が、誕生した。

癒着してるかもしれないリスクと

大量出血が怖すぎた。

子宮全摘出の恐れもある。 

すぐに胎盤が出たので、なんとかく、うまく

剥がれたのかな?と素人なりに理解していた。

ありがとう神様。

これは神様しかわからなかったから本当に

よかった。


◼️11時半ー12時半

ここからママの手術がはじまる。

これが長かった。。

意識はあるものの、子宮に詰めたり縫ったり

するらしいが、、

この間、誰も私に声をかけてくれなかった。

酸素マスクが少し苦しかったり、

酸素マスクの中に涙が黙って

鼻水が出たり

頭の位置が辛かったり

マイナートラブルを感じていたのに

誰も声をかけてくれない😒

上のほうに人はいそうだけど、

いるかみえないし。

この状態がどこまで続くのか?本当に

耐え凌いだという感じだ。。

密閉感と空気がうまく吸えない感じで

1時間ずっと苦しかった。


そして、もう1つ。もう山場を超えたからなのか?

医者たちが笑いはじてたり、今日の昼やら晩御飯みたいな話をしてたり、自己血がうまく入っていかないどうしよう?みたいな話を永遠にしている。

なんか嫌だったし、不安だったし、だったら

私に声をかけてくれと思った。

笑ってるくらいだから、もう生きて帰れるとは思ったが。


◼️12時半

なんか医者たちの会話も増えてきたので

不快だっだが、なんとなく手術の終わりの方なのかな?と思った。そーゆー話を共有してくれ!

でも、最後耐えられず、酸素マスク苦しいっす!とかリクエストした。


そのあたりから、被されていた紙を剥がされたり、

刺されていたなんやらをとられたりして、

最後、手術台の上でマッパになっていた

と思う。もう終えるんだ嬉しいと思って好きにしてくれと思ったけど、もうちょっと患者のプライバシー?を気遣って

思って拭いたりしてほしい。。


病室に戻るベッドにうつされる。

麻酔で感覚がないから、フワフワする。

目眩みたいな。服を着せられたり。

ふかれたり。寒い。足にはポンプが装着。

そしたら、突然全身に痒みが。。

この痒みに初日悩まされることに。


となりでは、もう手術台の掃除がはじっていた。

大惨事だったっぽい。


とりあえずベッドにぐじゃぐじゃのまま

うつされて、自分の部屋に運ばれた。


あー生きて帰ってきたんだ。。

とりあえず安心する。

お気に入りの助産師さんが、頑張ったねぇと

出迎えてくれた。


◼️13時 病室に戻る

なんだろうこの温もりホーム感

手術部屋のギラギラ明かりがコウコウとしてる

渋谷六本木感。が、また合わない。


そこで裸体が無防備な状態で

捌かれてる感じ。

もう意識も朦朧とするし、どうにでもしてくれ!

という状態と、解放された開放感!


◼️13時半

とにかく全身が痺れて感覚がわからないから

目眩や頭痛につながりそうな感覚に

とにかく目を瞑るも気持ち悪い感じ

悪寒がする

そして痒みも

熱を測ると早速37℃

ここにきて上がってしまうのか?


◼️14時

だいぶ、意識がはっきりしてきて

看護師さんと喋れる?

全身が痒い。。


このくらいからハイにもなってるし、

スマホで家族に連絡はとれるようなった。

でも、まだ赤ちゃんには会えない。

15時の旦那が面会をして、その写真で

赤ちゃんのお顔を知ることに。


◼️15時 旦那が赤ちゃん面会

写真を送ってくれる!



かわいー!かわいすぎる!

そして、兄にそっくりだ!と驚く。


◼️16時

助産師さんが赤ちゃんを部屋に連れてきてくれたり、胎盤を持ってきてくれたりした。

赤ちゃんと写真を撮ってくれた!


◼️17時 そこからハイがなくなって

ダークサイドへおちていく


とてつもなく眠くなり、寝ることに。

ここから痛みで死んでいく。。