正直者は果たして偉いのだろうか。

 

正直者は損をするということわざがあるけれど、それは、「正直に生きているせいでこんなにも損をしています。なので、この現状は僕のせいではなく、社会のせいです。」といった免罪符をその正直者に与えてしまう。

 

その意味で、正直者は、どちらかというと得をしているように思う。

 

正直者は果たして正しいのだろうか。

 

正直者であることを、自分から正しいことのように誇る、正直者の人々。

 

正しさとは各々の人間の都合に過ぎない。

 

誰かにとっての正しさは、必ず誰かにとっての間違いだ。

 

正直者であることが正しいなんて自己陶酔は、最も嘘つきなんじゃないか?

 

そもそも、裏表の一つのない人間なんて、傲慢で怠慢で、信用できない。

 

誠実であることと、正直であることは違う

 

前者は相手への配慮があるが、後者はただの自分勝手だ。

 

人間はある程度、自分を隠し、偽らないといけない。

 

自分の醜さや暗さ、汚さ、美しさ、それらを相手に押しつけることなく、自分一人で受け止めて、隠す。

 

それらを相手に丸投げにしない。

 

相手にその負担を背負わせない。

 

相手に全部開示した上で、「どう感じるかはあなた次第です。だって私は正直者だから、それで嫌われたとしても、仕方がない。損な性格だわ。」と、決して開き直らない。

 

自分の実像と、周りから見た虚像のギャップに苦しみ、悩み続ける。

 

正直者であることと、ありのままは違う。

 

虚像も実像も、ギャップに苦しむ自分も、全部ありのままの自分。

 

でも、嘘つきであろうが、正直者であろうが、傲慢で自分勝手なところは、どちらも同じだろう。

 

嘘つきである自分に正直でありたいと願う。

 

周りに本当の自分をさらけ出せない自分を、いつの日か誇れますように。

 

正直者のあなたに僕はなりたくてもなれないから

 

こんなことを面と向かってあなたに言えないから

 

ここに、ことさら正直に書いておきます。