土曜日は、惠ちゃんの三十歳のバースデーパーティーでした。(実際の誕生日は5月31日)
21歳のバースデーパーティーから参加しているので、今回は10回目。
手術直後の2007年も参加していました。

2007年4月に、惠ちゃんは今の事務所に入り、大きな転機を迎えました。ずっと応援してきたファンは、期待しつつも、一抹の不安もありました。(当時のファンクラブ会員は300人程度)
私にとっての2007年4月は、初めての乳ガン手術の月。(4回も手術するなんて思ってもみませんでしたが、、、)
これまでの人生で最大の転機を迎えていました。

翌5月末のバースデーパーティーでは、新曲♪つばめ返しを、佐々木小次郎に扮し、鬘をつけて歌ってくれました。
抗がん剤治療が確定し、鬘(ウィッグ)をつけることが決定的になっていた私は、不思議な縁を、一方的に感じていました。
ちなみに♪つばめ返しは、2008年8月迄小次郎スタイルで歌っていました。
2008年9月、惠ちゃんが鬘を止めるタイミングに合わせ、無謀にも抗がん剤終了後6か月で地毛デビューしました。

2007年24歳だった惠ちゃんは30歳になり、300人程度だったファンクラブ会員は4000人を超えました。

帰り際の握手の時、まだ薬を続けていると言った私に、「完治目指して頑張りましょう」と優しく言ってくれた惠ちゃん。
ずっと応援続けます。







Android携帯からの投稿
乳がんになる前、いくつかのお客様を担当していました。
お客様のシステムにトラブルが起こると、休みでも夜中でもいつでも呼び出されていました。
トラブルが起こると、お客様は24時間対応するサポートセンターに電話します。(今現在私が働いているのはこのサポートセンターです。)
サポートセンターのメンバーは、お客様ごとの手順書に従って対応します。
でも、トラブルですから、想定範囲外も多々あるわけです。
手順書に書かれていない場合は、サポートセンターのメンバーはお客様を担当している社員を呼び出して指示を仰ぎます。
手順書に、「トラブル発生の電話があったら、必ずすぐに知らせてほしい」と書いている場合もあります。
お客様がサポートセンターを通さずに、直接担当者にかけてくるケースもありました。(お客様との関係が密な場合。)
最高8社担当していた私は、本当に毎日のように呼び出しがありました。

そんな生活が5、6年続きました。
体にいいわけもなく、初めに血圧があがり、両側乳がんにもなりました。
乳がんがわかった時に、「これは仕事のストレスが原因かもしれません。」と半分冗談で上司に報告したら、上司は一言も反論しませんでした。
周囲から見ると、それだけ酷い状態だったんです。
私自身仕事は好きだったのですが、手術が決まった時に頭をよぎったのは「2週間ぐらいゆっくり寝られる。」でした。
ガンガン音がするMRI検査中も、爆睡していました。
手術のために病院に向かう車の中で、朝5時にサポートセンターから電話があった時はさすがにびっくりしました。
担当していたお客様は別の担当者に引き継いだのですが、手順書の変更漏れがあったんです。
入院ぎりぎりまで仕事をしていたので、手術前日にエコーをかけながら、摘出箇所の特定している間(1時間ぐらいかかったのですが)、途中から寝てしまいました。慢性的な寝不足でした。

最初の予定通り、両側温存で抗がん剤なしであれば、2か月ぐらいで元の業務に復帰するつもりでしたが、予定とは大幅に違ってしまい、仕事に復帰できたのは11か月後でした。
当然以前の業務は無理と判断され、時間が決まっているサポートセンターの業務で復帰しました。(昔から熱望していた仕事です。)

大変な仕事だったのですが、担当したお客様はとてもいい方たちが多く、一緒に仕事をすることは大変楽しかったです。
また、お客様を担当する営業と一緒の場合も多く、相性のいい営業さんだととても楽しくお仕事ができました。

一番古くから担当していたお客様(A社)は、私が担当を外れて2年後ぐらいに、別の会社の機械を導入され、サポート契約もなくなりました。
トラブルはたくさんあったけど、とてもいいお客様でいっぱい勉強させていただいたので、ちょっとさびしかったです。
当時担当していた営業さんからは、時々電話がかかってきて、新しいお客様へのサポートの提案などについての相談を受けたりしています。

その営業さんから昨日も電話がありました。
ちょっと前にあるお客様で、うちのサポートセンターに対する苦情があったので調べてほしいという依頼があったばかりなので、そのお客様のことかと思ったら、ちょっと違ったんです。
「A社にまた売り込みに行っているです。リベンジ。サポートサービスも一緒に提案なんだけど、当時と同じサポートって提供可能?」
A社にサポートサービスを提供開始したのは、このサービスが出来上がってすぐのころ。
あまり形も決まらず、金額的に折り合いがつけば、かなり自由度の高いサポートが提供できました。
でも今は、いろいろな部分が標準化され、それぞれに金額が決まっているので、全部組み合わせるとめちゃくちゃ高くなります。
ある部分は手厚く、ある部分はほんの少しでいいけど必要なときは使えるようにしてほしい、なんていうことができないんです。
営業さんにそのことを話すと、「前回と同程度の金額でできるところを、組み合わせて提案してみます。」とのことでした。
「取れたら、また担当してくれる?」と言われましたが、「部署が違うから無理。それに、もう夜中の呼び出しには耐えられない。」と断りましたが、ちょっぴり心を動かされました。
40代前半の大変だったけど、楽しくて充実していた日々を思い出しました。

M・・・メディカル
H・・・ヒストリー
T・・・ツアー

KSHSの年1回のスペシャルイベント、3名の顧問の先生との温泉バスツアーです。

今年で3回目です。
皆勤賞です。
行先はバスに乗っても明かされません。
1年目は伊豆。
2年目は長瀞。
そして、3年目の今年は、、、
なんと、なんと、なんと 鴨川の亀田総合病院!!
温泉が必須条件のツアーですから、今年は千葉方面の可能性はあると思っていました。
ツアー参加者には亀田病院で手術をした人が少なくありません。
東京駅からのバスで通う人も少なくないので、昨日のルートは見慣れた光景。
「鴨川のどこの温泉だろう?」なんて話していたら、見慣れた建物の前でバスは止まりました。
亀田総合病院です。
2007年4月から2008年1月にかけて、80日ほど入院しました。
(何度も入退院を繰り返しました。)
年に1度はPET検査できていますが、懐かしい気分です。

今回のツアーは、福間先生の企画が多く盛り込まれていたようです。
病院13階の海の見える場所(レストランの横です。)で、ワイン&チーズをいただきながら、福間先生と南雲先生のセミナーを受けました。
ナグちゃん曰く「氷川きよしのコンサートを40人で独占するような、貴重な体験だよ。」。
確かに、ナグちゃんの講演はとっても面白くてためになります。
ナグちゃんプロデュースのディナーをいただきながらの、ナグちゃん講演会(ディナーショー?)なら、きよしくんのディナーショーと同等の金額設定でOK!!ただし、規模が100人程度なら5万円ぐらいでもOKかも。
亀田総合病院でのセミナー会場&ワイン&チーズは、すべて福間先生が負担してくださいました。
理由は昨年のMHTでの宣言。
「痩せて、ダイエット本を出版して、印税で皆さんをMHTにご招待します。」
残念、昨年より5㎏増加だそうです。

その後のバーベキューは、福間先生おすすめのペンションでした。
あんなに風が強くなければ、もっと楽しめたのですが。。。
温泉は鴨川グランドホテル。海の見える露天風呂に入りました。

帰りは渋滞を避けて、京葉道を走りました。
3人の先生方に、いろいろお話を伺うことができ、とってもとっても楽しい一日でした。

7月14日はKSHSの全国大会。
絶対出席します。