私たちは、無意識に閉(し)めると閉(と)じるをどちらの読みで言うか使い分けています。
例えば、「そこの窓をしめてください」「ドアがしまりますので、ご注意ください」。
この場合は、閉めるを使います。
「本をとじてください」「雨がやんだ。傘をとじよう」「あそこで目を閉じているのが、田中さんです」など、こちらは閉じるを使っています。
では、「閉める」と「閉じる」は同じなのでしょうか。それとも言葉が持つ意味自体が違うのでしょうか。
『新明解国語辞典』では、閉じるは「開いていたものが合わさって行き来ができなくなる」「続いていた組織や催しが終わりになる」「開いていたものをくっつけ合わせ、空間を埋めふさいで行き来ができないようにする」とあります。
閉めるは「あいていた戸・門・鍵などを閉じる」とあり、違いがよく分かりません。
いろいろと調べてみると、
「閉める」には、「動かして空間をなくすこと」「動かすことで人や物の移動を不可能にすること」といった動作性が強く表現されるような時に使われているようです。
一方、「閉じる」は、もともと「綴じる」が語源としてあるため「中が見えないような状態にすること」「ばらばらになっていたもの、離れていたものをくっつけて全体を一つにすること」といった完結性に力点が置かれているように感じます。
ただし、これが正解というところまではたどり着きませんでした。
だからふだん私たちは、まぶたをくっつけるという動作に意識を向けていないので、動作性を表わす閉めるは使いにくい。
一方、まぶたがくっつけることで見えなくなるという状態に意識が向いているので、完結性の意味を持つ「閉じる」を使っているのではないでしょうか。
動作に視点があるのか、完了した状態に意識があるのかで言葉を選んでいるなんて、なんとも不思議ですね。