ようこそえーるのブログへ
このブログは、主人公えーるの物語である。
えーるとは、現時点で4人の子を持つ母である。
子育てが半分程終わった気がする今、
自身のこれまでを一度振り返り、
大事なことを子供達に残そうと思いこのブログを始めることにしたものである。
ノンフィクションではあるが、
時代背景については、ウィキペディアを読んでからの解釈となり、
その正確さはチャッピーと相談した結果に依存しているため、
ノンフィクション風フィクションという位置づけで読んでもらえる事を望む。
えーるは1979年9月、兵庫県川西市で会社員の父と専業主婦の母との間に生まれた。
この1979年はいったいどんな年だったのだろうか?
音楽ではサザンオールスターズの「いとしのエリー」や、さだまさしの「関白宣言」が流れ、
映画では「ルパン三世カリオストロの城」や「銀河鉄道999」が公開された。
テレビアニメでは「機動戦士ガンダム」や「ドラえもん」が放送開始になり、
多くの名曲・名作が生まれた年のようだ。
政治の出来事では、第一次大平内閣の増税解散や大平の決断などがある。
そののちの四十日抗争という自民党内の派閥争いも有名である。
ここで少し詳しく説明すると、増税解散とは、
大平内閣が財政再建のために導入しようとした一般消費税という税制案が、
野党の強い反発を受け内閣不信任案が提出さた。
内閣不信任案は否決されたが、大平は国民の信を問うため衆議院を解散した。
この解散を増税解散と呼んでいる。
(または、大平の決断と呼ばれる)
一般消費税とは、現在の消費税に繋がるものである。
1975年に日本初の赤字国債(財政赤字を埋めるための国債)発行があり、
この発行は、第一次オイルショックの衝撃が2年遅れて財政を直撃したことによる。
大平は赤字国債発行当時、大蔵大臣を務めていた。
「子孫にツケを回すような財政運営をしてはならない」という強い責任感から、
財政再建を重要課題としていたわけである。
しかしながら、一般消費税は国民に受け入れられることはなく、
この増税解散によって自民党は議席を減らした。
党内では大平内閣の責任を追及する流れがおき、
主流派と反主流派による約40日間の党内権力闘争がおこった。
これを四十日抗争という。
結果、国会の首相指名選挙で勝利したのは、
田中派の支援があった大平で、第二次大平内閣が発足した。
一般消費税はどうなったかというと、
導入は当面見送ることとし、国民の理解を得るために時間をかけることとなった。
このような、政治史においてドラマチック?な出来事もあったようだ。
経済では、第二次オイルショックが訪れる。
ガソリン価格の上昇や、食料品・日用品の値上がり、企業のコストが増えるなど、
当時の人々が物価上昇と経済不安の中で生活していたことがわかる。
とてもではなく一般消費税に賛成はできなかったであろう。
この当時、父は25歳、母は22歳、えーるは0歳であった。
父と母は、大阪のトヨタ自動車販売で出会った。
父は整備士、母は事務員だった。
2人は結婚後、トヨタを退職している。
当時の母はともかく、父はなぜトヨタを辞めてしまったのだろうか。
えーるの疑問、その一だ。
オイルショックの打撃による雇用不安が原因だったのかもしれない。
しかし、1979年のトヨタはむしろ世界で高評価だったはずで、
アメリカ市場でも日本車が急成長し、従業員数も増加傾向だった。
また、整備士という職は需要があったこと、
トヨタは終身雇用を重視していたことなどが調べた結果わかったが、
反面、仕事のきつさや給与の低さを理由に転職する人も一定数いたらしい。
つまり父は、子供が誕生した事をきっかけにして、
給与の低い現在の職を変えようと考えた、と、えーるは結論づける。
世の中は、物価上昇・経済不安だったわけで、
今後、家族を増やしていこうとする当時の若い父・母には、
転職という道しかなかったのかもしれない。
1979年はこのような年であった。
えーるは自分が生まれた年を調べることによって、
父が転職した理由を知り、また当時の両親の置かれた社会について、
少し分かった気がしたのである。
両親が前を向いて子育てをしていたことを伺い知ることができた。
脳裏に若かった二人の一生懸命に働く姿が浮かぶ。