父の死に向き合って
お久しぶりのK子です。前回のブログをアップした数日後、老父が緊急入院し、その後、亡くなりました。↑↑↑↑↑簡潔に書くと、たった1行に収まってしまうこのひと月半は、、今思うと、無我夢中なまるで夢の中のような、しかし、悲しいことに現実だと、父の遺影と向き合うたびに思い知らされます。緊急事態宣言が解かれ、しかし、まだまだ油断できないという社会状況の中、出来る限りの、心を込めた葬儀や一連のことを行いました。いつかはこんな日が来ることは確実に知っていましたし、その足音も聞こえていました。でも、いざその時になると、、、それでも、仕事をやっている以上、どんなときにも急ぎの電話が掛かってきて、、、、さすがに、その時は、自分ですべてやっているのだから仕方がない、とネガティブな気分も感じていましたが、、今、振り返ってみると!!!!なんということでしょう?!私には、私にしかできない仕事があって、つまり、私の代わりは誰もいないのです!!これって、どれほど素晴らしいことなのか、今はしみじみわかります。私しかできない、私の仕事、必要として頂けることがどれだけ有難いことなのか、今更感動しているような次第です。昔、まだ、両親も若かった頃、私のこの忙しさでは、親の死に目よりも、仕事なんだろうな。。なんて悲壮な気持ちになったこともありますが、しかし、見事にタイミングは合って、私は父の死に目にも間に合うことが出来ました。それは、今、この仕事をしているからこそ、というタイミングでもありました。出来る限りのことをしたのか、というと、やっぱり悔いは残っています。でもでも好きなことを思い切り楽しんでいる私のことも父には分かってもらえたのではないかな、と思えます。そして、先日、お客様の貨物を納品させていただいた時、こうして、仕事をさせて頂けて本当に嬉しいと心から思いました。今、私にとって、会社にとって、過渡期ではないか、と思っています。この先、どうしていきたいのか、この会社の意義はどこにあるのか、本音で考えていきたいと思っています。父が逝くことで、私の重たい拘りや思い込みも全部一緒に持って行ってくれたのかな、と思えるくらいに心が軽い。これからは、お父さんに褒められたい娘からやっと脱却して本来の自分での仕事が出来るように感じています。三七日(みなのか)のお膳は、母の心尽くし。今年の母の豆ご飯を食べずに逝った父へ、私もお相伴しましたよ。