8月は私にとって特別な月

もう17年になりますが、私が35歳の時に乳癌の手術入院をしたのが8月上旬のことです
そして4年前の8月下旬には、突発性難聴になり入院しましたが、残念ながら完治できず右耳が高度難聴となり耳鳴りもする病気になりました
2度の闘病が8月であることに因縁みたいなものを感じてしまいます
8月ももうすぐ終ります、何も起こりませんように・・・
18日に乳癌検診をしてきました
私は毎年8月に採血と検査をすることにしていて今回で17年になりました
採血の結果(腫瘍マーカー)に異常がないので今回はマーモはやらずにエコー検査だけ
マーモは何回もやっているけど、毎回挟まれるのは痛いけどここは辛抱、早期発見の為です
今回はマーモがないのでエコーだけなら時間も短いし体への負担も少ないから助かりました
検査結果は「異常なし」
あ~良かった
検査も緊張しますが結果を聞く瞬間が一番嫌なんですが、無事に終えて一安心しました
来年はマーモとエコーの両方をやるそうです
ここで私の乳癌について話してみたいと思います
私が胸のしこりに気が付いたのは入浴中のことで右胸の脇の方にコリコリとビー玉くらいの大きさを見つけました
あれ?何だろうこれ?もしかしたら…と気になり病院に行くことにしました
まず何科を受診すればよいのか分からず受付で聞き「外科」だと分かったくらいに病気に無知でした
一応総合病院ですが17年前は専門外来もなく更にはマーモ器械もありませんでした
検査は触診、胸部レントゲン、エコー、しこりの細胞を針で採取、それで最終判断でした
私の場合はしこりと乳首を摘まむと血混じりのお乳が出ていました
全ての検査を終えた診断結果は「癌ではない、多分乳腺炎を起こした部分が詰まっているだけでしょう」と言われて「経過観察で半年後に同じ検査をするか、心配でしたら日帰りでしこりの部分切除もできます」と・・・
どうにも私には不安が消えず、癌でもないのに胸を切るのも嫌だけど半年もこのままというのもスッキリしません
そこで、セカンドオピニオンで同じ結果だったら日帰り手術をする
セカンドオピニオンの女医先生からはやはり同じ結果を言われたので女医先生に手術をしてもらいました
手術して1週間後の抜糸の日です、そこで女医先生から告げられたのが
「実は切除した細胞から癌が見つかり早急に再手術が必要です」
は?え?癌ではないと言ってたじゃない、しこりを取るだけだと…何?何が起きたの?
私の頭の中は真っ白で先生の説明が全く聞こえてこなかった、下を向いた私の目から涙がぽたぽた落ちて声も出せませんでした
予期せぬ癌の告知で動揺する私
娘は小学3年、息子は幼稚園年中
35歳で癌、若いからもし転移でもしていたら2、3年しか生きられないかもしれない
実家の母が次の日に来てくれて、病院の外科医長の説明を夫と母と私の3人で聞き、子供が小さいので入院はこちらではできないので実家のある栃木で手術をしたいとお願いしたら、全ての検査資料を貸してくれました
ここでの外科医長のオペは早急の全摘出手術でした
夏休みということもあり、子供達と栃木の実家で闘病することになりました
母の知人で乳癌の手術をした宇都宮の済生会病院で手術入院
済生会には乳腺外科があり主治医の小林先生は乳癌のオペの名医だそうです
現在の済生会病院の前に開業されています
ベットが空かないこととオペの予約で直ぐには手術ができません
1週間後に空きが出て手術をすることに
小林先生の所見では、全摘出ではなく部分摘出手術も可能との説明があり、選択は本人が決めて下さいと
そう、全摘出なら再発はない、部分摘出だと残った胸に癌細胞があるかもしれないので手術後に放射線治療が必要
夫も母も全摘出を勧めましたが私は35歳で片方の胸を無くすのはどうしても出来ず温存治療を選択しました
手術は右胸の4分の1と脇のリンパ腺を切除しました
リンパ腺に癌細胞がある場合は抗がん剤投与との説明がありましたが幸いにもリンパ腺には1つもなくホルモン剤を2年飲みました
放射線治療は毎日通院して4週間
この間に丸山ワクチンを薄めた注射をしましたがこれがキツい、吐き気と怠さは半端なく襲ってきました
放射線治療を終えて10月の始めに自宅に戻ってきました
あれから17年・・・
幸い再発もなく今日まで生きています
あのとき
しこりを取らず経過観察にしていたら
今の私はこの世にいなかったかもしれません
あのとき
あと10年は生きていたい
息子が成人する姿をこの眼でみたい
だから今は死ねない、死にたくない
私の叫びでした
その息子も21歳になりました
今度は孫がみられるまで頑張ろうと思っています
そのためにも毎年8月は検査をします
皆さん
乳癌は早期発見で完治します
年に1回
マーモ検査を受けて下さい
明日も明後日も1年後も5年後も10年後も
元気に笑っていましょう