日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2303R_T21C13A0000000/
中国大気汚染、環境より雇用優先の地方都市
(2013年10月23日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
北京の人々が大気汚染対策のマスクを着けると、世界中でニュースになる。しかし、中国北部の空気をきれいにする努力が実るか否かは、承徳市など鉄鋼業が盛んな都市にかかっており、その承徳市の住民300万人はスモッグよりも自分の雇用の方を心配する。
政府当局は北京の大気の状況を非常に懸念している。この汚染を緩和するために、北京を取り囲む河北省の工業都市に石炭の使用量や鉄鋼・セメントの生産能力を削減するよう望んでいる。
(スモッグで視界がさえぎられた橋を渡る人々(21日、吉林省)=ロイター)
■生産能力削減は雇用減に直結
所得が低く、煙をもくもくと吐き出す製鋼所が貴重な雇用主になっている承徳などの都市では、そうした施策は雇用の削減に直結する。
中国政府にとって、ほかに産業のない都市で雇用を維持することが非常に複雑で政治的に危険な問題となっている。
「自分たちは開発が遅れており、重工業に大きく依存しているというもっともな懸念を河北省は抱いている」
中国で環境保護団体グリーンピースの気候・エネルギー関連運動のトップを務めるリ・ヤン氏はこう指摘する。
「だが、住民による抗議の声と中国の 『エアポカリプス(空気末日、大気の黙示録を意味する造語)』 への注目、特に諸外国からの注目を受けて、トップレベルが本当に懸念を抱くようになった。そのため中央政府は行動することを決断した」
北京市当局は22日、新しい大気汚染対策を発表した。汚染が激しい日には交通を規制したり、学校を休校にしたりするという。
しかし、裕福な首都で青空を取り戻せるかは、その周りに位置する工業都市の協力が欠かせない。
■汚染の4分の1は河北省に由来
承徳はそんな都市の1つだ。満州族(清朝)の皇帝たちの避暑地と言った方が通りがいいが、西部の郊外には製鋼所があり、承徳鋼鉄病院という病院まで備えた小都市を形成するほどになっている。
2008年のオリンピック開催前に北京から追い出された、見栄えの悪い工場や発電所の大半はここに集められている。
石炭の使用量を削減し、汚染源となっている幾つかの製鋼所やセメント工場を閉鎖するという河北省の約束には、コストが伴う。中国メディアの報道によれば、中央政府は取り組みの一環として20億人民元(3億3000万ドル)を河北省に支払うことになっている。
しかし、承徳鋼鉄のような国有の製鋼所は河北省の都市にとって非常に重要な存在であり、閉鎖など受け入れるわけにはいかない。
北京市環境保護局の方力(ファン・リ)副局長によれば、北京市の大気汚染の少なくとも4分の1は河北省に由来すると見られている。
承徳鋼鉄から吐き出される煙は晴れた日でもかなり濃く、衛星写真でも見ることができるほどだ。灰色のスモッグの下では、製鋼所に至る道沿いにある村々がほこりにまみれている。
河北省の承徳鋼鉄による大気汚染があまりにひどいレベルなため、中国政府が3大都市圏の新しい大気汚染対策を発表したときに、国営テレビは他の2つの工場とともに同社を汚染源として紹介した。製鋼所と市当局はインタビューの要請に返答しなかった。
■「何もかも工場を中心に回っている」
「私ら平民はテレビのニュースを見ている。中国中央電視台(CCTV)はずっと汚染の話をしている。確かに深刻だが、地方のレベルでは誰も何もしていない」。
こぎれいな自宅が製鋼所から排出されるほこりにたびたび覆われてしまうというチャンさんはこう話す。本紙(英フィナンシャル・タイムズ)が取材した住民の大半と同様に、チャンさんもフルネームを明かしたがらなかった。
国有企業である承徳鋼鉄の汚染対策は、誰にとっても大した優先事項になりそうにない。
同社は中国北部で唯一の大規模なバナジウム鉱山を支配しており、各種の工具や原子力発電所向けの硬くてさびない鋼鉄の製造に用いられるバナジウムの生産者として、戦略的な価値を有している。
また、この地域では最大の雇用主で、承徳の国家公務員の8人に1人は同社で働いている。現在の従業員数は約1万6000人で、7000人余りがここを定年まで勤め上げたという。
「もし、この製鋼所がなかったら、外食する場所すらなかったでしょうね。この辺りでは、何もかもこの工場を中心に回っている。うちの子供たちもここで働いているのよ」…この工場で働くため、40年前に承徳に移り住んだリさんはこう話す。
環境汚染との闘いへの中国政府の新たな決意が成功するかは、まだ分からない。鉄鋼産業の過剰設備を削減しようとする過去の取り組みは失敗した。
すでに承徳鋼鉄は、比較的小規模で古い数百の製鋼所を閉鎖し、国を代表する一握りの大手企業を創設する取り組みを切り抜けてきた。
承徳鋼鉄から税金を徴収する河北省は、省内の大規模国営製鋼所をまとめて1社の複合企業に統合したが、これらの製鋼所は1つも閉鎖していない。
承徳市の都市部の平均給与は年間たった3万4000元(5400ドル)で、北京の年間5万6000元を大きく下回る。
このため河北省は雇用を脅かす対策を講じる余裕はない。北京では、市民が日々、大気汚染のレベルをチェックし、スモッグが立ち込める日にはマスクを着ける。
承徳では製鋼所に最も近い場所に立つ住宅を移設する話があったものの、補償計画が合意に至らず、住民は工場の隣に住み続けている。
承徳鋼鉄の正門から1マイルほどの場所にある村では、トウモロコシ畑が徐々に姿を消し、承徳鋼鉄の事業部門と自動車工場が建つようになった。
少なくとも清王朝の時代から家族がここで農業を手がけてきたという村民たちは今、製鋼所で配送作業員として働いている。
「汚染のような問題に取り組めるようになる前に、まず基本的なニーズを満たさねばならないからね」。村の麺店の店主は、昼食を取る客が来る前にテーブルに薄く積もったほこりをふき取りながら、こう話してくれた。
By Lucy Hornby
(翻訳協力 JBpress)
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