反抗期の自分


親に、先生に、

沢山反抗した


反抗しては怒鳴られ

ダメな奴の、押し印を押された


その時本当に言いたかった事は


「私はゴミなの?失敗作なの?死んだ方がいいの?」


きっと

「そうじゃないよ」

って言って欲しかったけど


先生たちは

死んで欲しそうだった

親は悲しそうだった


ずっと価値あるものになりたくて 

この欠乏感を外側の物に埋めて貰おうと

生きていた


お金や結婚や結果


それを親に見せて、そして〇をもらいたい

そしたら私は価値があるんだって証明できる


いつまで親の価値観、世界の価値観に合わせて生きるつもり?

もう価値観だって自分で選んで良いほど歳をとったのに


いい加減自立してよ!って過去の自分が言ってくる


「貴方は存在している」

それ以外の事はクソほどちっぽけだ


今日一億稼いでいようが、

今日皿洗いしていようが、

なんの意味もない


宇宙から見れば

そんなんさ、、


外側はいつでも変化する

だから外側の物で自分の価値を決めてたら

上がったり下がったり

周りの評価なんて

無意味すぎるわ


自分が何者か、何を持ってるか


自分が世界の基準であるなら

いつもなにがあってもなくても

充分に足りているってこと


世界を基準に見れば、

全然足りてなくても

自分を基準に見れば

全部足りている


足りている視点から出る望みと

欠けている視点から湧く望みは

真逆

先方は与える側を望み

後方は奪い貰う側を望む


そうなれば世界はひっくり返るよね


ようやく

「私が世界基準」

が、腑に落ちた