先週は、ちょっと深く考え込んでいた。
わたしなりに一旦の解決をみたので、
記録として。
①太ったから?か、義足のコルセットが苦しく、変な歩き方をしていたら腰痛がでて、午後は会社に行けない日もあった。
②大事な仕事を担当している社員さんが急に辞めることになり、会社としての損失と、そのせいで社員間の雰囲気が悪くなり。
③車をぶつけられた。
わたしの昔からの習慣、
くせ、価値観で、
「なんでこんなことに?」
「なんて不運なの?」
という考えが浮かばないの。
たとえば、誰かに冷たくあたったり態度悪く接してしまった直後に、膝を机にぶつける、とか。
すると、
あ、神様が「こらっ」っておっしゃってるんだ、、、ごめんなさい。
と考える。
①太ったからだ
→先週は一週間、野菜ばかり食べて過ごした。
→腰まで痛かったから、とにかく体を軽くしたかったから、空腹もつらくなかった。
→一週間後の今、だいぶんいい。
少し軽くなった。
②社員が辞める
→無理して仕事取りすぎてたんだ。
→ちょうど今月から新しく採用した方がいるし、きっと大丈夫
→会社が立ち行かないほどのことはない。
→これまでのように、神様のお導きに任せれば大丈夫。
でも。
ここまできて、③車をぶつけられる、の意味がわからず、悶々としたの。
「神様、どのようなメッセージをお与えなのですか?」
週末はずっとこの考えを巡らせてた。
お互いケガもしてないし、相手の初心者マークの若者も「僕の不注意です、申し訳ありません」と素直に謝ってくれたから、スムースに処理が進みそうだし。
車の傷もそうひどくはなかったけれど、バンパーが変形してて、ホイールも傷だらけだから、両方取り換えることに。
不幸中の幸いで車がピカピカになる
そう思うしかない。
神様はわたしにメッセージを与えるために事故を起こしたりはされない!
そう思えた。
ほっとした。
多肉の株分けした。


















