Dandan(ダンダン)の個人投資家日記

Dandan(ダンダン)の個人投資家日記

株式投資1年生のDandanが、学びから、銘柄選定の基準などを記録していきます☺︎
個人投資家になるまでの経緯やそれまでの学びも併せてお楽しみください♪

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こんにちは、Dandanです。

 

私が2022年、1年間、本気で勉強した秘訣を本日はご紹介しようと思います。

 

確かに、このブログは「株式投資」についてメインで書いていこうと思っていますが

実は本日ご紹介する勉強法が今となっては、いろんな場面で役に立ち

私の人生をちょっと変えました。

 

このちょっとが積もれば、将来大きなプラスになる事には間違いないです。

だって、今、実際に効果が続いているんですもの・・・

 

本を読んだり、決算書を眺めたりと・・・

 

株式投資には欠かせない”勉強”が

苦になるどころか、どんどんインプットできる事に、喜びを感じ

そして成功体験のようにまた、意欲的に行動できるようになりました。

 

株式投資だけではなく、今後の人生において

「勉強して成長する」手助けになると確信しています。

 

私の実体験でそう感じましたので、この記事を読んでいただいた方には

一度ぜひお試し頂きたいと思います。

 

では本題に入りましょうか。

 

まず、なぜ私が2022年1年間、必死に勉強したかと言いますと・・・

「宅地建物取引士」の資格を取得したかったからです。

 

業者に従事している訳ではございませんが、不動産の知識を学びたかったのと

一度、「挑戦するぞ!」と決めたからには、ゴールは一つです。

 

”合格して資格を取る”

 

勉強を辞める立派な理由がない限り、後には引けません。

 

そして実は2021年度の試験に挑んで一度、不合格になっています。

その年は、通信学習で勉強していました。

 

まだ会社勤務していましたので、勉強時間は朝晩、週末ぐらいでしょうか。

 

動画を聞いていても「あ〜分かる、分かる!」と

「宅建ってこんな感じね〜」と。

 

勝手に手応えを感じて

多分、奇跡が起きるんだろうな(そんなに必死にならなくても合格するだろう。神様が味方してくれるだろうと・・)と

楽観的に考えておりました。

 

だって、先生の言っている内容、”理解できるし、分かるもん”

 

でも、もちろん奇跡は起きず不合格。

 

後に分かったのですが(猛勉強してから分ったコト)

 

分かると出来るは違う”ということ。

 

インプットだけで理解できても、いざアウトプットになると

見えている問題文章以上の知識で判別していかなければなりません。

 

「四肢択一なので、わからない問題は”運”に任せたら、どれかは当たるだろう・・」

でも、それは間違いでした。

 

猛勉強して分ったコトがもう一つあります。

 

「問題は本当にうまいことできている」ということ。

 

うまく受験生の心理を読んでいます。

 

大体の問題は、簡単に2択まで絞れ、

そして残りの2択はどれだけ知識を正確にインプットできているかを

試されています。(私の主観ですが)

 

そして最後の猛勉強して分ったコト、

 

問題を大量に解いていると、問題文章の始まりで大体のゴールが見えてくる・・。

 

「多分、答えはこれ聞いてくるかな?」

 

音楽でもイントロで何の曲か当てるクイズありますよね?そんな感じかな?

 

ちょっと大袈裟に豪語しちゃいましたね。

 

でもそれぐらい、その勉強法のおかげで

 

”文章を読む力”、”文章を理解する力”、”文章を読んでも眠たくならない力(これ、力か?w)”を

取得しました。

 

 

なかなか、本題に入れなくでごめんなさい。w

 

 

1.本は消耗品

2.綺麗なノートは気休め

3.環境づくり

 

 

1.本は消耗品

 

本日、一番大事で、一番伝えたいことがコレになります。

 

以前、私は本を読むのが苦手でした。

開くと絶対眠たくなるし、最後まで読み終えることは、ほぼ無いです。

 

受験1年目は眠眠打破やメガシャキなどの栄養ドリンクが手放せませんでした。

もちろん飲みすぎて、効き目はどんどんなくなり、胃にも負担があり体調を崩しました。

(栄養ドリンクが直接的に、体調を崩させた訳ではないと思うのですが、タイミング的に)

 

始めの方は、教科書を開くにしても、本を読むにしてもかなり苦戦していましたね。

 

本に関しては、一度読んだらまた売れると思っていたので

綺麗に折り目も付けず、大事に読んでいました。

 

でも、それが間違っていたのです。

 

ある日、本を読んでいたら迷子になったので

(”行”がたくさんあって、どこを読んでいたのか分からなくなってきた)

 

なので、鉛筆で線を書いて読んだのです。

 

その行動が私の人生を変えました。(大袈裟な表現だけど、本当にそうなの!)

 

ふと気がついたら、かなり読み込んでいて

しかも、内容もしっかり入ってきているし、眠気もない・・・

 

それからです。

 

本は、大事に綺麗に使うのではなく、線を書いて汚してしまえと思うようになりました。

 

約1500円の本を綺麗に読んで、内容が全く入ってこずに再販するのと。

線を書いて、再販できなくるけど、読み切ることができるし、内容もしっかり入ってくる。

 

後者の方がお得だと気が付きました。

「これでこそ、本を買った意味があるんじゃないの?」そう気が付いたのです。w

 

この方法で教科書も、決算書も(特に数字に入る前の決算説明のところ!)読み込みめるようになり

今では、毎日本を読み、文章を読んでいます。

 

2023年は行政書士試験に挑戦しようと思っています。

前年にこの方法をマスターしたおかげで、今年は模索する期間がなく

いきなり本気で勉強に専念できております。

 

 

2.綺麗なノートは気休め

 

昔はよくノートを綺麗に取っていました。

カラフルなペンを使って、付箋も綺麗に貼って。

 

でもそれがいつの間にか、ノート作りが目的になってしまい

内容よりも見栄え中心になっていました。

(今で言う、インスタ映えになりそうな・・)

 

しかも、綺麗に作ったノートだけど、振り返って見ることなんて

あんまりないし・・・時間の無駄かも。と思うようになったのです。

 

そこで、宅建の勉強をしている時は、A4の白紙(コピー用紙)を束で用意して

そこに重要な箇所を書き込みました。

 

図表も書きました。何でもメモのように書いて

裏表いっぱいになったら捨てました。

 

その紙はノートではなく、アウトプットの場です。

 

そして一度書いて覚えれなかったものは、また書くはめになります。

 

残さないから、綺麗かは気にしません。

 

その方法で内容だけにフォーカスして、アウトプットしていました。

 

 

3.環境づくり

 

最後は、環境を整えること。

 

勉強をする環境。決算書を見る環境。などなど・・

 

みんな自分の好きな場所というのがあると思います。

 

家で全部済ませるのではなく、『この場所でこれをやる』というのを決めると

気持ちの切り替えができます。

 

私は、勉強は家ではしません。

通っている学校の自習室だけで勉強します。

 

そして本を読んだり、文章を書くのはお気に入りのカフェです。

 

そのリズムを作っておけば、その場所に行くと

勝手にそのモードになります。

 

 

いかがでしたか?

 

簡単で単純な事ばかりですが、私はこれらの方法で

「本が読めない人」から

「本が好きな人」になりました。

 

そしてこの原稿を書いた後で、本屋に立ち寄るつもりです。

 

次に読みたい本を探しに行きます。

 

では、良い1日を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、Dandanです。

 

私がなぜ、株式投資を始めたのか。

それは単純に資産形成をして経済的に豊かになりたかったからです。

”お金持ちになりたい”と初めて思ったのは中学生のとき。

 

その経緯を本日はご紹介しますね。

 

それは、育ってきた環境が大いに関係していました。

 

 

1.「外国人」として育った環境

2.親友のお父さんの仕事

3.結局なに人か分からない

4.今まで持っていなかったものを両親にあげたい

 

 

1.「外国人」として育った環境

 

私は3歳の時に、中国から日本へ家族で渡航してきました。当時の日本はまだまだ外国人も少なく

もちろん中国人も今みたいに見かけることは無かったと両親は言っていました。

 

祖母が日本人で、戦争の関係で生後6ヶ月で残留孤児として中国人に育てられ、そのまま中国で家庭を築いていきました。

 

そして突然、日本への渡航が決まり、私の両親は日本語の勉強もしたことがなかったので

全く言葉が分からない状態での来日となりました。

 

その当時は、今ほどインターネットも普及していなかったので

日本についての情報も乏しく、当時のイメージは「天堂」のような輝かしい国。といった感じだったのではないでしょうか。

(おばあちゃんの昔ばなしを聞いての、私の主観です)

 

そうでなかったら、家族一同で、中国で築いた生活を捨てて来日するでしょうか。

そう思ったのです。

 

日本に来てからは、行政が用意してくれた日本語学校に通い日本語の勉強をしたそうです。

 

数年前におばあちゃんに

「通称名(日本の名前)の苗字ってどこから来たの?」と聞いたことがあります。

 

だって、残留孤児だった祖母は実の親も故郷も知らないから・・

 

そしたら驚いたことにおばあちゃんがこう言ったのです。

 

「日本に来たばかりの時に通っていた日本語学校の先生が、苗字を使っていいよって、くれたんだよ」

 

わぁ〜なんか意外な回答だったのですっごく感動しました。

 

私たち家族(つまり祖父母が築いてきた家族)は、今は20名以上もなる大家族。

 

定期的にみんなで集まってワイワイしている仲良し家族なのですが、そのほとんどがこの苗字を使っています。

 

その苗字の由来が、「先生の苗字」だなんて。素敵すぎると思いました。

そしてこの場を借りてその先生に感謝申し上げます。

 

さて、話は当時に戻ります。

私には2つ下の弟がいたので、両親は育児と仕事、勉強でさぞ忙しかったと思います。

 

もちろん運転免許証はなく車も無く。母は自転車の前後に、私たち兄弟を乗せ

週末と週明けには、さらに二人分の「布団セット」も加わりました。

 

雨なんて降ったら、二人ともゴミ袋に包まれたのを、うっすら覚えています。

 

家の壁は、キラキラした土で、その”ラメ”でお化粧ごっこをした事もありました。

 

私の持ち物は、ほどんどが「お下がり」で、女の子なのに遠足用のリュックが青色で泣いた事もありました。

 

記念写真には、男の子はみんな青色。

女の子はピンクと赤色。そして私は、アオ・・・。

 

性格は口数が少なく、声が小さかったです。(発言することに自信がなかったのかな?)

 

子供の私の方が両親より早く日本語を覚え、小学生に上がる頃には”親専属の通訳役”でした。

 

そこまで中国語が上手ではなかったですが、ジェスチャーなども使って言いたいことは

伝えていました。

 

学校から配られたお手紙は、私が解読してました。

(だって、難しい単語や漢字ばかりで小学生の私には難しすぎだよ)

 

一人で市役所に行って、親代行のアレコレをやらされていました・・・

(行くのが嫌だったし、行政の事なんて分からないし、難しい人ばかりで怖かったから)

 

今思えば、中国語と日本語の切り替えスピードが速く、雑務をもれなくこなす能力が付いたのは

その当時の訓練のおかげだったと思います。

 

忘れないように、なんでもメモをとる『メモ魔』になったのもその頃です。

 

 

2.親友のお父さんの仕事

 

小学生の時に親友だった子と「親の職業」について話したことがあります。

 

その子のお父さんは某テレビ局で働いているらしい・・・

 

子供ながらに、「すっごいな!」と感じました。

 

だって誰でも聞いたことある会社だし、もしかしたら芸能人と友達かもしれないし。

なんだかカッコよくで、給料も高そう。そう思いました。

 

その友達に私のお父さんの仕事を聞き返された時、私は何て言ったでしょうか・・

 

「お父さんが何の仕事か知らない〜」と答えていました。

 

でも、本当は知ってる。

 

工場で働いてるよ。外国人だから最低賃金だろうし、汚い作業着を着てるし、毎日疲れた感じだし。

とても友達には言えませんでした。

 

そしてその時、同時に、自分の為に頑張ってくれている親の事を

恥ずかしく思って隠している自分がすごく嫌でした。

 

その時、私はかっこいい自慢できる仕事をして、稼いで、憧れられるような存在になりたいって思いました。

 

そしてその気持ちは、その後、中学生になっても、高校生になっても、大学生になっても

いつでも変わることはなく、むしろいろんな経験をしていくうちに、それが正しい決意だと確信するばかりでした。

 

これが、私がキャリアに執着する理由です。

子供を産んで、長く働くぞ!という考え方も、この影響です。

 

 

3.結局なに人か分からない

 

私は、3歳に日本に来たので、日本の学校に通い日本の歴史を学び日本人の友達に囲まれて育ちました。

見た目も日本人だし、関西弁だし。w

 

だけど、家に帰ると中国人の両親は、私に中国語を話して中国の料理を食べ

旧正月には水餃子を一緒に作りました。

 

両親からは中国語を話され、私は日本語で返事をするという変なコミュニケーションの取り方でした。

 

今となっては、それが言葉のスイッチの切り替え速度の練習になって良かったと思えるのですが

当時は、やはり親とのコミュニケーションに支障があったので思春期には、

 

「言っても、どうせ理解されない」という気持ちがありました。

 

伝えたいこと60%ぐらいかな。お互いに。

 

なので問題があれば、「自分で解決しないといけない。相談なんて無駄」と言った考え方になっていきました。

 

それは後に、自分で問題解決できる能力の訓練になっていたのだと思うようになりました。

(何でもポジティブに取りましょう!w)

 

友達には、自分の国籍の事は隠していました。

自分は中国人だと。

 

夏休みには家族で中国に帰っていました。母方の家族がいたし、中国の祖母もいたので。

 

(親が”帰る”という表現を使っていたので一緒に”中国に帰る”と言っていたが、中国に家なんてないし、ましてや私にとっては外国・・)

中国に行くと、そこはそこで外国でした。

 

日本では中国人として生活しているが、中国に行くと

今度は「日本人」として扱われました。

 

だって、中国語もあんまり話せないし、日本から来た客人だから。

 

その時私は、感じました。

 

『自分は結局、なに人なの』

 

今となってはグローバル化して、多国籍であんまり気にならないと思いますが

 

その時の「なに人なの?」は、『ホームはどこなの?』の意味合いに近かったと思います。

 

だけど、成人して中国語も日本語も話せるし、中国と日本のどちらでも、不自由なく生活できるので

 

「何人でも無い」私は、「中国人でも日本人でもある」と思えるようになりました。

 

 

4.今まで持っていなかったものを両親にあげたい

 

私の母は、”女”である私に色々与えてくれました。

 

その当時、親戚の叔母が母にこんな事を言ったことがあります。

「女の子は、そのうち結婚して出産するから、大学とか行かせなくてもいいよ〜」と。

 

母がその叔母と同じ考え方で無かったのが幸運でした。

 

母は、私に中学生の時から塾に通わせてくれ、そして予備校、英会話。車の免許まで取らせてくれました。

 

うちは決して裕福では無かったですが、両親が節約家でしたので

コツコツ貯めたお金で通わせてくれたのです。

 

安い賃金で、残業ばかりで。外出する時は、家でしっかり水分補給をしなければなりませんでした。

 

(子供って、自動販売機を見ると急に喉が渇くじゃないですか。w)

授業参観なんて来たことありません。仕事を休んでまで参加することでは無かったからです。

 

そんな、しっかり者の母は、いつも家庭を支えていました。

父が病気を持っていたので、力仕事も家事も育児も全部こなしていました。

 

まさに”家庭の為に生きている”人生でした。

 

そんな母も実は心臓が弱く、倒れることもありました。

 

それでも母は、働き続け、日本に来て一度も転職をせずに今も一つの会社に尽くしています。

 

私たちをいつも第一優先にして自分を犠牲にする母が嫌でした。

何でも「もったいない」から、良い化粧品を買うことも無かったですし、旅行も行きませんでした。

 

「もっと、自分の人生楽しみなよ!」

ずっとそう思っていたし、それが叶わないからイライラしていました。

 

 

『私がお金持ちになったら、まず両親そして祖父母に”贅沢”をさせてあげたい。』

それが私を掻き立てる原動力になったのです。

 

実は以前勤めていた会社でボーナスが出たので、両親と祖父母を連れて、海外旅行に行きました。

 

飛行機に乗って『フィリピン』へ。

フィリピンのセブ島から、さらにフェリーに乗って離島に行ったのです。

そこで、プライベートビーチ付きのコテージで過ごす旅をプレゼントをしました。

 

祖父と父にとっては初めての外国(日中間はよく移動していましたが)だったみたいで

その”初めて”を自分が携われたのを誇りに思っています。

 

 [***今回の写真は、その時フィリピンで撮った1枚になります]

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、Dandanです。

 

前回は株式投資を始めるにあたって、口座開設中にする”事前準備”をテーマにしました。

 

今日のテーマは、実際に気になる銘柄を見つけた時に、もっと掘り下げて企業の財務状況などを調査します。

この事をファンダメンタルズ分析(経済の基礎的条件)といいます。

言葉の詳細はご自身で調べてみてくださいね。
自身で調べるという行為は、アウトプットにすごい大事な過程になり、調べている中でも、新しい言葉の発見などがあり、情報が芋ずる式に広がります〜

 

ファンダメンタルズは企業の財務内容など、将来的に伸びる企業を発掘するために欠かせません。


私はもともと、中長期で株式保有しようと思っていましたので、ファンダメンタルズを学ぶことは必須でした。

 

ちなみに短期売買を中心にされたい方は、テクニカル分析で株価チャートを読んでいきます。

 

私は、株式投資を始めた動機の中に、経済的に豊かになるのはもちろん、経済の事や、企業の事、為替、決算書が読めるようになる事でしたのでファンダメンタルズを学んでいろんな観点から自分の知識の幅を広げたかったのです。

 

さて、実際に企業のどんな点に注目するのか。


最初は言葉の意味は分かりませんでしたが、「まずは慣れる」コトです!


作業のように繰り返すと、疑問点が浮上してきて自ずと、調べていますから。w

 

欲しい情報は大体、四季報で解決しますのでまずは四季報に鉛筆や付箋を使って書き込んでいきます。


私は、初めての作業の時、絞る基準が緩すぎて、付箋が全部無くなるぐらい貼ってしまい、逆に付箋だらけで、付箋の意味が無くなりました。w w

 

そんな失敗も経験し、今では、もう少し基準を厳しめにして銘柄探ししています。

 

四季報を手にして作業を始めます。
全部読むには時間もかかりますから、まずは自分の興味のある分野や、熟知している分野などに絞って小分けしてみるのがおすすめです。

証券コード業種別↓↓↓↓
1300番台(水産・農業)、1500番台(鉱業)、1600番台(鉱業(石油/ガス開発))、1700番台~1900番台(建設)、2000番台(食品)、3000番台(繊維・紙)、4000番台(化学・薬品)、5000番台(資源・素材)、6000番台(機械・電機)、7000番台(自動車・輸送機)、8000番台(金融・商業)、9000番台(運輸・通信・放送・ソフトウェア)となっています。しかし、近年は番号が不足してきたこともあり、新規上場株には、業種に関係なく2000~4000番台が与えられることが多くなっています。

 

引用:SMBC日興証券>初めてでも分かりやすい用語集から

 

私が実際にチェックしたポイントをご紹介しますね。

 

1.「☺︎」と「↑」を探す
2.時価総額500億以下
3.PERが割安か
4.PBRが1倍以下か
5.自己資本比率30%以上
6.業績が良くなっているか
7.チャート上向きか

 

 1.「☺︎」と「↑」を探す

 

前回にもご紹介しましたが、四季報が分かりやすく表記してくれているこの機能。
便利に使わせていただいております!
こちらのマークがあるものに特化して、見ていきました。

 

 2.時価総額500億以下

 

勉強の過程で先生がおっしゃっていたのが、時価総額が大きすぎるとプロの機関投資家が参入するので
500億以下の時価総額に絞ってみています。
ただ、私が買った銘柄の中には1000億の銘柄もあります。

 

 3.PERが割安か

 

PERでその銘柄の株価が割安か割高かを判断します。PERの意味は検索すると分かりやすく説明して
くれているサイトがたくさんあるので調べてみてくださいね。

業種によってもPERの基準が異なるみたいですが、とりあえず15倍を基準にして銘柄を絞ります。

 

 4.PBRが1倍以下か

 

こちらも1倍以下を目安にしていますが、PERほど重視していません。参考程度に目を通す感じになってます。

5.自己資本比率30%以上

自己資本比率はなるべく50%以上のものにしたいですが、本当に欲しい銘柄なら30%達成していれば
買います!

 

 6.業績が良くなっているか

 

四季報の左下に過去の業績と予想が書かれています。始めは利益の意味が分かりませんので
とりあえず、売上と利益が増えているものを探します。

 

 7.チャート上向きか

 

四季報のページ上にチャートが載っていますが、『月足』なので
私は1〜6までクリアした銘柄のチャートは「株探」のチャートで『週足』にして見ています。

チャートが上向きかのチェックですね。

 

 

これらの基準がまず第一関門といったところでしょうか。


これをクリアした銘柄たちは次の関門である、「決算書」を私に見られていきます。w


(大丈夫!決算書なんて見ても分からないから!数字に慣れる練習と企業説明を読んだりと経済オンチなりに向き合っていますw)

 

すっごくザックリ書いていますが、私のブログはあくまでも、記録と大まかな流れのご紹介になります。


ここでキーワードを拾って頂き、ご自身で調べて頂く事をお勧めします☺︎

 

そして、あくまでも私が学んで経験した中での独自の基準や判断が多々ありますので、ご参考までにご愛読いただけましたら幸いでございます。