★2019年に「MDS→AML」になった妻・移植までの日々を夫の目線から振り返ります★

 
 そこは悩める人々が集まる場所。「占い」なんて…。最初はそう思っていた。


 2019年の夏に妻の病気はわかった。その前の年、厄を迎えた妻のお祓いのため、家族4人で近くの神社へ行った。


「●●に住まわる●●が健康で過ごせるよう…」。ヒンヤリとした空気漂う本殿に響く、いつも通りの祈祷の声…。何事もなく過ごして行けるはずだった毎日。

 しかし、「厄」は音も立てずにやってきた。。「本当にこんなことってあるんだ」、私も妻も思っても口にはしなかった。特に女性の一生で最も大きな災いが来るという33歳の「大厄」の年だった。

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 入院中の妻に会社にと、目まぐるしい日々を送っていた11月のある日、駅前で目に入ってきた「占い」の文字。

「占いなんて…」「細木和子なんて…」「ゲッターズ飯田なんて…」。そんな思いを持ちながらも、一体この悪い流れは何だろう…、この流れどうにか止められないのかと、軽い気持ちで私は未開の地に足を踏み入れた。

 煌びやかな服装でやってきたのは、(後でネットで見た)この道50年という、名古屋のゴッドマザーと呼ばれ、当たると評判の占い師。


まずは、生年月日で診断。告げられたの、私はその年、10年に一度の八方ふさがりの年である事。八方塞がり?聞いた事ない言葉。いかにも、不吉なパワーワードだ。悪い流れを引き寄せていたのは妻だけではなかったのか…。


(八方塞がり・・・・『陰陽道でどの方角にも障りがあり、どの方角に向かっても、不吉な結果が予想される年のこと』)

次に手相を。『負の連鎖を乗り越え、人生を自ら切り開いていける線が出ているから…』とゴッドマザー。そして「大丈夫、大丈夫」と静かに諭すように話してくれた。

何気なく入った占いの館。30分ほど話を聞いてもらい、思っていた以上に心が軽くなるのを感じた。人って、こんなちょっとしたことでも前を向けるんだ。名古屋の母は、重くどんよりとした私の心を癒し、優しく背中を押してくれた。 

ビルを出るとそこには、冬の澄んだ空が広がっていた。   


『大丈夫 やればできる!」(ティモンティ高岸さん)