アイドルのアイドルとしてのキャリアは規模の大小の違いはあれど全てが戦いであり戦場である。
いつか戦いは終わり、皆戦場を後にする。
ただし、勝者が戦場から悠々と撤退することと、敗者が戦場から敗走していくことは同じ行動であっても意味合いが180度異なる。
最近であれば生駒里奈、伊藤万理華は前者に名を連ねるであろう。
では先日、アンダーライブという場で卒業を発表した相楽伊織、斎藤ちはるはどうであろうか。
両名に対して特に思い入れもなく、かといって一度も不快感を抱いたことすらない人間(多分こういう層が一番多いのでは)から見た両者の印象は大きい括りでは一緒である。
グループ内でも上位のビジュアルとスタイルを持ちながらも、+αとなる個性に乏しく、それ故にアイドルの世界以外でも順応していける社会性はありそうである。
というのが両名に共通して抱く自分の印象だ。彼女達はそれぞれ一回ずつ選抜経験があるが、それ以降のアンダーメンバーとしての活動で何を残してきたかと問われると自分は答えられない。
彼女達に落ち度が無いとも言えないのだが、これはどちらかと言えば彼女達を活かすことのできない大人達の落ち度であると思う。
土壌が腐っていて花が咲かないのに、花を責めるほど理不尽なことは無い。
彼女達にとって乃木坂46とは敗北の歴史かもしれない。
それでも乃木坂以降の彼女達のキャリア次第で卒業という選択は敗走ではなく、戦略的撤退となり得る。
いつか戦いは終わり、皆戦場を後にする。
ただし、勝者が戦場から悠々と撤退することと、敗者が戦場から敗走していくことは同じ行動であっても意味合いが180度異なる。
最近であれば生駒里奈、伊藤万理華は前者に名を連ねるであろう。
では先日、アンダーライブという場で卒業を発表した相楽伊織、斎藤ちはるはどうであろうか。
両名に対して特に思い入れもなく、かといって一度も不快感を抱いたことすらない人間(多分こういう層が一番多いのでは)から見た両者の印象は大きい括りでは一緒である。
グループ内でも上位のビジュアルとスタイルを持ちながらも、+αとなる個性に乏しく、それ故にアイドルの世界以外でも順応していける社会性はありそうである。
というのが両名に共通して抱く自分の印象だ。彼女達はそれぞれ一回ずつ選抜経験があるが、それ以降のアンダーメンバーとしての活動で何を残してきたかと問われると自分は答えられない。
彼女達に落ち度が無いとも言えないのだが、これはどちらかと言えば彼女達を活かすことのできない大人達の落ち度であると思う。
土壌が腐っていて花が咲かないのに、花を責めるほど理不尽なことは無い。
彼女達にとって乃木坂46とは敗北の歴史かもしれない。
それでも乃木坂以降の彼女達のキャリア次第で卒業という選択は敗走ではなく、戦略的撤退となり得る。