こんにちわ
ひでおです。
前回の続きから
2011年から4月中国生活がスタートです。
新人社員ということで、色々な不安が交錯するなか出勤一発目にも大きな壁と激突です。
それは「中国語」です。
やっぱり予想通りスタッフは中国人の方たちで、上司だけが日本人でした。
朝の朝礼で一発目上司から「ひでおくん、、、中国語でみんなに挨拶してください」と
まさかの無茶ぶりが始まりました。自分もこれが社会人なのか?と洗礼を受けました。
予想を上回る中国語の下手さといったら半端ない。
そこから、1年間中国語の壁を超えるため1日1日が必至でした。
そして、仕事をするときは中国人に仕事を教わり、取引先も中国人の方たちです。
まさに生き地獄ということは、こう言う事ことかと肌で感じていきました。
文化の壁を乗り越えていないのに、すぐに言葉の壁が現れ本当に何度も日本に帰ろうと思ったぐらいです。
さらに追い打ちをかけるように、業務が入ってくるのです。
取引先にメール、電話、社内上の処理とやり方が何一つもわからない状態です。
そして仕事に対する「考え方」 「仕組」みすらわかりませんでした。
しかし、最初は自分はそんなにバカじゃないし、自分は絶対できる。
変なプライドや自信をもっていたので、人に接するときも若干ツンツンしていました。
そんなことを思っていても、やはり何もできない。
中国人に話しかけて教えてもらおうとしても説明は適当で「自分でやって」的なことを言われ、
最悪な時は無視ということもありました。
ここで初めて気づくことができました。
「自分は本当に何もできない、わからない人間なんだ!!だからバカで良いや」
ここで自分の身の丈を知るんです。
そして、「ここにいる全ての人の考え方、やり方を吸収してやろう!」と思ったんです。
朝の挨拶は元気に
誰かに何かを聞くときは、感じよく
そして、何でもすぐ聞き素直になる
怒ってくる人がいても常にこの状態です。
怒ってくれて私のことを気にかけてくれたんですね!ありがとう
もはや変人の域に達しているかも知れませんが常に感謝の気持ちも持ち始めました。
明るく(元気)感じよくバカ(素直)になって生きるようにしたら徐々に変化が起きてきました。
気が付くと職場全体の雰囲気が良くなり、皆が私を気遣ってサポートしてくれるようになってきたのです。
何かあると 「ひでお!俺がやるから、私がやるから」 と言ってくれるようになったのです。
自分が変われば周りを変えられると気づいた瞬間でした。
過酷な1年間を過ごして皆とも仲良くなった頃、まさかの別の部署へ移動通知
また誰も知らないところからのスタートです。
ため息しか出ませんでしたね。
しかし、部署移動してからもまた色々と気づかされたのです。
続きはまた明日
最後まで見て頂きありがとうございます。